きみのゆくえに愛を手を

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 翌週の日曜日、晴彦ともう一度下着を買いに行った。  前回持って来てくれた水色のブラジャー以外にも何点か選んでくれて、あとは好きにしろと言われた。思うところがあったのか、今度は試着室まで入ってくることはなかった。  帰り道、よく晴れた、秋の空を見上げる。 「晴彦、ありがとう。おかげで良いのが買えたよ」  振り返り、お礼を言う。あっそう、という愛想のない返事がきて、苦笑する。 「なんか、良い匂いがする」  晴彦がマスクを外して、辺りを見回した。 「ああ、金木犀だよ。ほら、あの家の木。オレンジ色の小花が見えるでしょう」  土塀の内側から顔をのぞかせている金木犀を指さすと、晴彦はその方向に顔を向け、大きく息を吸った。 「この前さ、おれ、あんたに良い奴ぶってる、って言ったじゃん」 「うん」  唐突にどうしたのだろう、と歩みを止める。  晴彦がマスクを丁寧に折りたたんで、上着のポケットに入れた。  その動作に、背筋を伸ばす。 「あんた、たぶん、ちゃんとやさしいよ」  おれ、ほんとは――。  晴彦がその事実を告げようと声を震わせる。  消え入りそうな声に、黙ってうなずいた。  これから、晴彦の身体はどんどん大きくなる。  心が追いつかなくなって、膝をついてしまうときの訪れは、きっとそう遠くない。  そのとき、私に一体なにができるのだろう。  かばんから取り出したハンカチを広げる。道に散り落ちた金木犀の花をいくつかつまみ上げてくるんだ。 「……なにしてんの」 「玄関にでも置いておこうかな、と思って」  この世界が少しでも晴彦にやさしく在るよう努めよう、と誓った。
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