それぞれの夢

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「――そうだ」  寄り道に区切りをつけて再度目的地を目指すべく体を翻した律は、どこかで手土産を買うつもりだった事を思い出して再び足を止める。ラ・プチーノ(自分の店)の商品ならば間違いないものを選べる自信があり、何よりも自分“達”がこういった仕事をしていると相手方の親にも説明しやすいと思ったからだ。 「いらっしゃいませー。ラ・プチーノへようこそー。こちらでご注文をお伺いしまーす」  カウンタースタッフの、やや間延びしたマニュアル通りの挨拶が彼女を迎える、律は内装の視察も兼ねて、辺りに目を配りながらゆっくりと入店した。 「ありがとうございましたー」 (3つでよかった……んだよね。まぁ最悪私の分は無くても――あ)  アイスのエスプレッソと共に個人的に気に入っている『蜂蜜とゴルゴンゾーラのピザトースト』を購入した律は、ポケットの中で着信音が鳴っている事に気付く。紙袋の中の食品が崩れないように慎重にスマホを取り出して確認すると、画面には見慣れない番号表記が羅列していた。 「61……」  数字の最初に表示されている「61」の番号。これは数日前に父、誠から教わったオーストラリアの国番号だ。それを記憶していた律は、この電話はかの国を旅行している父からものだと推測して着信に応答した。 「はい、もしもし」 『もしもし、律? 父さんだけど。今、大丈夫かな?』 「あ、やっぱり父さん。うん、外だけど、少しなら。今どこなの? 母さん、ちゃんと楽しんでる?」 『僕達は今、ケアンズ国際空港にいるよ。母さんはまぁ、言うに及ばずかな。今日の夕方には東京に着いて、そこでもう一泊してから帰るから』 「分かった。でも母さん、東京も観光したいって言うんじゃない? ゆっくりして帰ればいいのに」 『まぁ、本当はそうしたいところだけどね。でも一応、父さんもいち営業所の所長だから。上の者がいつまでも遊び惚けてたら、下の人間に示しがつかないんだよ』 「うん、父さんらしいね。じゃあ、気を付けて帰って来て」 『ああ、ありがとう。――と、母さんも話したいらしい。携帯のプリペイド残高があまり無いから、長くは話せないかもしれないが…………もしもーし! りっちゃん? グレートバリアリーフね、すっごく綺麗だったよ! 今度は一緒に行こうねー!』 「ああ……うん、楽しめたんだ。よかったね」 『そうなの、超楽しかった! そうそう、お土産にドライデーツ沢山買って帰るね。美容に良いんだって。そうそう知ってる? デーツって実はお好みソー』プツ  温度差のあり過ぎる母との会話にやや辟易しそうになっていた律だが、プリペイド残高とやらに助けられる。――が、ひとつだけ伝え忘れて後悔している事があった。 「杉岡さんの家、行ってくるって伝えておけばよかったかな」
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