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「お待たせしました」
「美味しそうだね」
黒川君はフォークでケーキを切ると、口に運び、すぐに、
「やっぱり美味しい」
と顔を綻ばせた。
「昔より、グレードが上がってる」
「結構、修行したんだよ」
私の得意げな様子を見て、黒川君はぷっと笑う。そして、
「お客さんは君のケーキを食べて喜んでくれた?」
と尋ねた。私は、昼間の客たちの様子を思い出し縦に頷く。
「美味しいって、みんな喜んでくれていたと思う」
「それなら、君の夢は叶ったね」
(黒川君が喜んでくれる、そのことが、私には一番嬉しい)
いつかの中庭での思い出を振り返り、私は微笑むと、今度は黒川君に、
「黒川君の夢も叶ったね」
と言った。
黒川君の演技で、楽しんだり感動したりしている観客は、きっと今や数えきれないほどいるに違いない。
すると黒川君は私の目を見つめ、
「実はもうひとつ、俺には夢があったんだけど、文月さんは気づいてた?」
と囁いた。
「もうひとつの夢?」
小首を傾げて考え込む。今まで、そんな話は聞いたことがない。
(うーん?)
悩んでいたら、黒川君がふと視線を落とし、ジャケットのポケットに手を入れた。
「文月さん、手を出して。出来れば左手」
そう声を掛けられ戸惑いつつ左手を差し出すと、彼は私の手を取り薬指に、ポケットの中から取り出した銀色の指輪をはめた。
「俺と結婚して、文月さん」
真剣な眼差しでプロポーズされ、息が止まりそうになる。
咄嗟のことに驚き、私が返事を出来ないでいると、
「断らないだろ?」
黒川君はそう言って、ふふっと笑った。
「~~~っ」
相変わらず、こういう時は自信満々だ。
私が真っ赤になりながら頷くと、黒川君は「良かった」と言って、ふわりと微笑む。
キラキラと輝く石の付いた指輪を見ていると、胸がいっぱいになり、思わず涙が零れた。
「えっ?文月さん、どうしたの!?」
ぽろぽろと泣く私を見て、黒川君が慌てたように立ち上がった。
「……もうこれで絶対離れないから、覚悟しておいてね」
泣き笑いを浮かべながら私が宣戦布告をすると、黒川君は微笑み、
「そんなの、何年も前から知ってる」
と言って私の体を抱きしめた。
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