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聖は穂高に気付かれないよう、そっと息を吐いた。
その孤独、を、共有できなかったことを残念に思う必要はない。聖は自分自身に確認する。それは投手にのみ許された孤独だ。
それにおそらく、この少年はおそろしいワガママを言っている。ありえないほど贅沢な我が儘を。
「この罰当たりが… 全国80,000人の高校球児に謝れ」
「は?」
国体胴上げ投手になっといて残念がってんじゃねぇ、という続きは飲み込んだ。彼らはもう、そんな過去に囚われている場合ではないのだ。
おそらく二人、共に。
聖は殊更、呆れたような声をつくった。
「つうか、お前、左利き以前に、普通のハサミだって満足に使えないだろ」
「え、ええっ?! いや、つ、使えますよ!」
思いがけない指摘に戸惑う穂高に、やれやれ、といった風情で答える。
「なら、なんの目印もない画用紙、真っ直ぐ切れるか? ハサミって意外と難しい道具なんだぞ」
き、切れる思います、と、彼がまだ真剣な顔で抗弁するので、「ほーう。じゃあやってみろ」と、聖は穂高を促してロッカールームを出て行く。
新しい、ハサミの思い出をつくれば良いのだ。
この春に。
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