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 遼祐は憤りと絶望に拳を握りしめ、青ざめた唇を噛む。  最善と思われる行動はただ一つ。  自分が無罪を訴えても、オメガ故に立場は悪くなるだけだ。それならば、子をなせないことを悔やんで、自害した哀れなオメガという汚名のほうがまだ収集がつきそうだった。  不貞の子と共に、どう生きていけば良いかも分からず、追い出されて行く宛もなく彷徨うよりはよっぽど良い。  遼祐は芳岡家の作ったであろう鉄船から視線を逸し、船着場から立ち去った。  岩の連なる箇所を覚束ない足取りで超えていく。  沈みつつある夕日が、光をまき散らすようにして水面を照らしていた。眩しさに目を細めれば、眦から涙が零れ落ちた。潮の香りが妙に濃く香る。  息を切らして岩場を抜けると、少し開けた砂場へと出る。  背後に聳え立つ断崖絶壁。そこから飛び込むことも考えたが、臆病風が顔を出して結局は無理だった。  履物を脱ぎ揃え、その横に懐から取り出した手紙を並べ置く。強い風に飛ばされぬようにと、手近にあった石をその上に乗せた。  紺色の正絹着物は嫁入り道具として、母が新調してくれたものだった。これを冥土の土産に持っていくことにして、脱ぐことはしなかった。
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