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夜の事
「うう、さぶさぶ。」
食品の仕分けをしながら五分に一度は山口君はつぶやく。
「だよねー」隣で同じ作業をしながら相槌を打つ。
森田はここ、長いんだろ?
山口君が仕事に来た時に休憩室で一番に聞かれた事。
高校生の時からかなーと答えると
おお!すげえ、と驚かれた。
高校の時は夏休みの時だけだよ、俺寒いとこ好きなんだと言うとへえーいいなあーと返ってきた。
「俺、寒いの苦手。」じゃ大変だな。無理すんなよと返すと
「おう。」と返事が返ってきた。
それからもう4ヶ月経つが彼はなんとか工夫してバイトも来てる。
工場長に頼んでホッカイロの支給を2つから4つに増やしてもらったらしいし、防寒着の下にフリースとセーターを重ね着したりと涙ぐましい工夫もしてる。
9時半に上がりお疲れさんーお疲れーと言い合い帰り道を急いだ。
防寒着を脱いで外に出ると熱気に包まれて冷え切った体が一気に温まる。これが気持ちいいんだなあ。
自転車をまたいで走り出した。5分もすれば着くスーパーに寄るのが日課だ。
「お疲れさま!」いつものように惣菜の半額コーナーを覗いているとミホが声を掛けてきた。
おう、と返してコロッケを手に取った。
レジを済ませて一緒に自転車に向かう。
「あれ?自転車は?」
「パンクしちゃったんだー」ありゃー大変だーと言うと、でしょ?困っちゃったと苦笑いしてる。
「ねえ…後ろに乗ってっていい?」ミホが言った。
そもそもの始まりは春からミホがスーパーでバイトを始めた事だった。
近所に住む幼馴染みたいなもので母親同士も仲良しの為に色々と情報が筒抜けだ。
これは何かとやりにくい。
まあそれでミホの母親が帰り道が心配だから一緒に帰ってきてもらえる?と頼んだらしい。
らしい、というのはもちろんいいわよ!と何故かうちの母親が安請け合いしてきてしまったからで。
ブーブー言いながら満更でもなかったから。
ミホを後ろに乗せて走り出す。
女子を乗せるなんて初めてだ。ましてや…
交差点の信号が黄色の点滅になりブレーキをかけるとミホの右肩が俺の背中に当たった。
「ごめん」と慌てるとううん、と言いながら彼女は俺の背中にピタリと手のひらと肩をくっつけた。
身体は思ったより冷えていた。
クーラーの入った店内も思ったより冷えてるんだなと長袖の彼女の制服を思い出しながら
自分の顔が火照ってるのに気がついた。彼女の家の前でじゃあねと別れた後に夜でよかったとホッとした。
この街の花火大会は今度の土曜日。
そして今日はもう水曜日。
誘ってみようか、じゃあ言わなきゃと思う反面地元すぎて気が引ける気持ちもある。
それにあの母親達のニヤニヤ顔を想像する
と…。
あと、俺は暑いのが苦手なんだ。
人混みの中で花火を見るなんてしんどいな。
いつものようにスーパーの惣菜売り場でそんな事をぐるぐる考えてると
「お疲れさま!」と彼女が来た。
「ねえ」スーパーを出てすぐに先に話しだしたのは彼女だった。
「花火大会、一緒に行こ?」
俺、今言おうと思ったのに!
「いい場所見つけたんだー」フフフと笑う彼女に拍子抜けしていた俺はうなずいた。
「決まり!」
土曜日。
夕方5時までのシフトを終えて帰って来ると急いでシャワーをして何か食べようとキッチンに行くとチャーハンが置いてあった。
「母ちゃんと父ちゃんも友達と食べて来るって。」声の方を振り向くと弟のヒトシがいた。
「お前も行くんか?」「うん、もう出るよ。」いつもより洒落てる背中を見て彼女と一緒かな、頑張れ。あ、俺も頑張らなきゃとチャーハンを急いで掻き込んだ。
ミホの家についたのは6時過ぎだった。チャイムを鳴らすと
浴衣の彼女が「お疲れさまー」と言いながら出てきた。
可愛い。
白に紫の花の柄の浴衣を着てる。
「どう?可愛い?」と澄まして聞いてくる。どうして君は先に言っちゃうのな。つい
「うんまあまあ可愛い」と言うと
「えーっもうっ!」ぷうっとふくれたほっぺたがサッと赤く染まった。
「ま、いっか可愛いがついたし」えへっと笑い
「じゃ行こう!」と車の鍵を見せた。
彼女の運転する車は会場に向かう車の流れとは逆にしばらく走っていく。助手席に乗った俺は下世話だけどアクセルを踏む彼女の浴衣の足元がはだけたらどうしようと思いつつ見ないことにしようとあえて左上に視線を向ける努力をしていた。
小高い丘にある公園につくと車を停めた。
「ここが穴場って聞いたの。」
パラパラと人がいた。この人達も人混みが苦手なのかななんてつい思ってしまう。
「少しは涼しいかと思って。」と言いながらミホは車から出してきたシートを取り出して芝生の上に敷こうとしたので慌てて
「手伝うよ」二人で広げた。
「はい」
「ありがとう」二人並んで座って花火をまった。
「楽しみだねえー」
「うん、ありがとう。」
花火が上がり始めた。
いつもより一回り小さな花火だ。
僕らは肩を寄せて空を見てた。
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