甘味な毒(Ⅴ)

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甘味な毒(Ⅴ)

 明久は慣れたように授業をサボって、ナル先輩が居る空き室へと向かう。  2階の理科室の隣にある教室が空き教室だ。  先にナル先輩は居るのだろうかと期待で胸がいっぱいになる。  早く会いたい、それだけを一心に歩いていた足が、段々と駆け足に変わった。 「ナル先輩っ!」  気持ちの高ぶった状態で空き室のドアをドンっ! と音を鳴らす。目の前にはちゃんとナル先輩が居た。  嬉しさで表情筋が緩んでしまうのも、束の間、ナル先輩の隣に見知らぬ女子が居る。  その女子はこちらを見つめ、照れ臭そうに頬を染めた。ナル先輩に目を移し熱い視線を送っている。  何なんだ、この女子はナル先輩にベタベタとくっつきやがって。きっとナル先輩だって、面倒な女子だとあしらう筈だ。 「お、明久。丁度いい時に来た」  丁度、いい時って? 何を言っているんだ、ナル先輩。毎回のように、こうして2人で会っていた空間じゃないか。  またしても、女子がナル先輩に急接近してゆく行動で明久の心がますます不安を募らせてゆく。  ナル先輩に目を移すと、女子の視線を感じたみたいで女子の腰に手を回し始めた。目の前で見た光景に2人が親しい関係だと馬鹿な明久にも伝わる。 「な、何すっか?」 (あれ、動揺が隠せない)  ナル先輩にとっては、この女子が友達の関係なんだと無理やり、脳内に浮かんだ結論を書き換えた。  そんな筈はないのだからと思いたくて明久は必死だった。  だってそうしなきゃ気が狂いそうだから。 「紹介したかったんだ、こいつが1年の明久。そしてこの子が1年の(あずさ)」  初対面の2人について、ナル先輩はそれぞれの説明する。  同じ1年で女子。明久は同じクラスメイトの男女も知らないから、梓という女子も見覚えはなかった。  梓はこちらを見るなり緊張気味に軽く会釈をし、明久も同じように頭を下げる。  2人の挨拶が終わった事を見計らって、突然ナル先輩が衝撃的な言葉を発する。 「俺の彼女なんだ。先週から付き合っている」  胸元に今まで受けた事も無い、ひと針が刺さったみたいだ。明久が勘づいた通りだった。  ただ信じ難かっただけで、空き室にナル先輩とは別の女子が居た時点で、この女子を紹介してくる辺りから、もう分かっていた事じゃないか。 「え・・・・・・」  そう一言しか口から出てこなかった。何も言えない。 (今更、何て言えばいい?)  もう終わった。恋が、明久の淡い恋心がすぅっと雲隠れし始めた。 「おい」  ナル先輩の言葉が何時もなら聞こえるのに、今日だけは右から左へすり抜けてしまう。  段々と視界がぼやけてしまい、今にでも倒れ込みそう。  明久は見えづらくなった目元を押さえ、一先ずしゃがみ込んだ。  明久の想いなど知らないナル先輩が心配そうに見つめてくる。  目の中にナル先輩の顔が段々と近づいてきて、手を伸ばされた。  ああ、ナル先輩だ。こんなにも近距離に居て、ナル先輩の手が身体に触れてくる。ずっと居た空き室でナル先輩と過ごしてきた日々が鮮明に思い出された。  もう無理、とどうしようも出来ない感情が衝動に変わり、ナル先輩に襲いかかった。 『ナル先輩はお前のものじゃない、返せ』  女子に対する敵対心で明久の心が叫び、ナル先輩しか見えない目を維持してもっとナル先輩に近寄る。  お互いの口と口が当たりそうになるが、思考を無に明久はナル先輩の口を避ける。ナル先輩の表情も見ないで一直線に首元を狙って噛みついた。 「っ!」  軽く歯型を付けた事により、ナル先輩の声が甘く響いた。 『もっと俺でナル先輩を感じさせたい!』  一旦、口を開けて首元から歯を離す。けれども再び首元に対して、明久の舌でペロッと舐めた。  わざとらしくちゅっっっ、と大きな音を出す。歯で噛む感覚と違い、目を閉じて首の皮を勢い良く吸い上げる。  ナル先輩の痛がる姿を見てみたいが、そこは我慢をして跡を残す事に集中した。  このくらいなら、跡が残るだろうという解釈する。んっ、ぱぁっと口を離す音でナル先輩の身体が床に沈み込んだ。  梓は2人の光景を棒立ちしたまま、無言で涙を零した。沈み込むナル先輩に近付いて優しく抱き締める。  ナル先輩との距離を置き、傍から見たものは誰が見ても、2人の姿は『恋人』だって事だった。  ただ抱き合う姿を見ていたくなくて何も言わない明久は、空き室から出て行った。
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