盗賊に育てられた青年

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 山深い落ち葉の上に横たわる母の頬に触れた。硬くてひんやりとしていた。藤吉郎が死に触れた初めての瞬間だった。  母は殺された。線香でも挿したように、横たわる母のお腹に突き刺さった刀。それは盗賊の仕業。  藤吉郎はその盗賊に拾われ、育てられる道を選んだ。冷たくなった母にいつの日か必ず復讐を果たすと誓って・・・けれど、13年の歳月が過ぎても果たせずにいた。 「俺もお前と同じだ」  あの日、母を殺した直後に、盗賊のお頭が投げかけた言葉は思いやりだった。膝をついて目線を合わせ、4歳の藤吉郎を母を殺したその腕で抱きしめた。  お頭は自身の母に売られた過去を持ち、そこで家畜と同列に扱われ、母と支配者たちへの憎しみを糧に生き抜いてきた。  その末路が主人を殺し、奪った財産で盗賊の旗揚げ。そんな自分の過去と藤吉郎を重ね合わせていた。  藤吉郎を見かけたのは村からかなり離れた山の中。霧が立ち込める日の出の時刻。まだ野ウサギだって寝ている時に、子供を連れた女と若い男が立っていた。  若い男が山を越えてきたことは、泥だらけの足元を見れば明らかで、男から金を受け取った女の姿を見て、お頭は二人を殺した。女が子供を売ったのだと思った。  若い男は藤吉郎にとって義理の兄。母と昔の男の間に生まれ、別々に暮らしていた。  義兄を呼び出したのは、嫁を娶ったばかりの義兄へご祝儀を渡すため。わざわざ山奥で待ち合わせたのは、昔の男の息子だから。  父にバレる訳にはいかず、母が受け取ったお金は、義兄が受け取りを拒んだお金。一人前になったことを言いたくて会いに来ただけだった。お頭の勘違いが真実。  藤吉郎は17才になった。肉体は大人へと近づきつつあり、しなやかな筋肉は強さよりも美しさを感じさせた。  首筋に沿って誘うように流れていく小さな汗の雫。鎖骨でひと時留まると、こぼれるように胸へと落ちていく。挑発的な雫は隆起した筋肉の谷間を駆けめぐり、男だとわかっていても触れてみたいと思わせる。同じ道を己の指先でなぞりたいと思わせるのだ。  その上、無骨な盗賊仲間とは違って傷ひとつない麗顔。着物を着させて、笠でもかぶせれば、男たちが鼻息を荒げるほどである。  けれど、手のひらと指先だけは違った。小指ですら親指のように太く短い。手のひらは何度も血マメがつぶれたことで、どんなに洗ったところで血の色が拭えないのである。  お頭のもとで人を殺す術を学び、すべて奪うことで生き抜いてきた藤吉郎。剣の素質は天賦のものがあり、他人の支えは不必要だった。それが孤立させる要因を生み、孤独がさらに殺す術を磨く時間を与えてくれた。  母の復讐が心の支えとなって、作りあげられたのが血塗られた手のひらである。もはや、お頭を殺すには十分な力を得ていた。ただ踏ん切りがつかなかった。藤吉郎は揺れていた。
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