かちわり

1/11
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

かちわり

「かち割りなんか嫌やー。ほとんど味せんやん、これ」 灼熱の太陽照りつける外野スタンドは、この時間帯が一番暑い。 そして、ここ甲子園は言うまでなく、グラウンドだけでなくスタンドも広大だ。と、なると迷子の一人や二人、その辺を歩いていると簡単に見つかるもので。 「お前なぁ…。自分の状況わかっとんかい。とりあえず熱中症なるから持っとけ」 俺はおそらく10は年下であろう少年に対して、つい声を少し荒げてしまった。が、子どもは平然とさっき俺が買ってやったかち割り氷を首あたりに接触させた。見ているだけで全員の血液が冷やされていくようだ。 「それにな。喉カラカラで飲んだらかち割りも結構イケるんやで」 「でも、味せんやん」 「いや、そりゃそうやけど…。あれや、今度来るときはジュースの粉もってこい。それ入れたら激ウマやから」 俺が子どもの頃もよくここ甲子園に連れて来てもらったが、じいちゃんに買ってもらったこのかち割り氷は大好物だった。今はあまり人気がないらしいが、某製薬会社によるジュース粉末をかち割りのポリ袋の中に入れて混ぜて飲むと、それはもう美味なのである。人によっては中にコーラを入れたり、昔はウイスキーを入れて飲んだなんて話もあるらしい。 もちろん直接飲んでも、特に今日みたいな暑い日には美味しく感じられるのだが、少年は頑としてそれを口につけなかった。「この匂いがなんか嫌や」と少年は言うが、俺から言わせればそれもまた甲子園の風物詩とも言える。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!