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 ピエモンテが行方不明になって数日が経った。  街に春の陽射しが溢れ、緩やかに時が過ぎるなか、飼い主の堀田ママは悲痛な面持ちで、愛する彼女を探し続けている。彼女の大好きな焼きたてのサンマをかざしなから他人の家の塀や門を覗き回り、ピエちゃーんと叫ぶ姿は悲痛を通り越して既に不審者であるが、堀田ママに理解のあるご近所は生温かく見守っていた。 「あらん、今日も堀田ママがいるねぇ。ピエモンテ、もう誰かに拾われちゃったのかなあ」  屋根の上で、隣に寝そべる白猫のケコが呟いた。その呑気な様子をちらりと見たあと、おまきは黒いハチ割れの額をぐいっと撫でた。 「あんなデブス、誰が拾うのよ。だったらアタシの方が先に拾われるってば。と言うより、きっと捕まったのよ」 「えー誰にぃ?」 「あいつらよ」 「どいつらぁ?」 「何よアンタ、見たでしょ、ちょっと前に飛んで来た奴ら」 「うーん」  ケコは可愛らしく小首を傾げた。 「わかんニャい」 「はあっ? もう、このおバカさん。あんただって飛んできたでしょ!」 「てへぇ。ケコ、むずかしいことわかんニャいぉ」  こりゃまた失礼と言いなががら、ケコは自分の額をぺちんと叩いた。  珍しい瑠璃色の瞳にすらりとした体型のケコは、黙って座っていればとても美しい。しかしその頭の中は大半がご飯への愛で占められ、残りはまったく働いていないんじゃないかと思うくらいおバカだ。  あの時頭をぶつけたおかげでケコは過去を忘れ、普段は自分が何者で、何の目的でここへ来たのか覚えていない。  可哀想なおバカさん。そしてそんなヤツの世話を焼かざるを得なくなった可哀想なアタシ――いいや、自分を憐れんでも仕方がない。  おまきは咳払いして気を取り直した。
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