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第一幕 居候猫と新たなる居候の現状
てれっててーと軽快なメロディが部屋に流れる。テレビ画面に流れるスタッフロール。
『はー、今日も君子かっこよかったぁ』
興奮のあまり浮かし気味になっていた腰をすとん、っとおろしながらマオが呟いた。
ダイニングテーブルに頬杖をつきながら、隆二はそれを見ていた。
三十分間のマオのお楽しみタイム、七転びヤオ君子が終わり、
『高嶋くんが、君子の正体に気づきそうになったときは、ドキドキしたわ』
「正体バレるとガチョウになっちゃうもんね」
『そうそう。本当、よかったー。っていうか、高嶋くんのことで君子を脅すなんて本当サイテー! 人の一番痛いところ、弱みに付け込むなんて!』
「悪いよねー」
『でも、高嶋くんと君子の関係はいつ進むのかなぁ』
「んーどうだろうね」
『君子は地球を守ることで忙しいから、恋愛どころじゃないんでしょうね。……でも、どうして君子がいる地域しか襲われないのかな』
「不思議だねー」
『君子がいない場所を狙えば一発なのに。なんていうか、あかさかよね』
「あさはかだね」
『んー、それにしても、君子ってあと何話分ぐらいあるだろう。富子短かったし』
「富子は半分の二十五話しかないからね。でも君子はその分長いから、七十話分ぐらいあるんじゃない?」
『じゃあ、まだまだあるのね!』
「基本、月曜から木曜の週四での再放送だからあと……、ごめん、計算できないけど、まだまだ終わらないよ」
『よかった! 君子まで終わったら寂しいもの』
マオと京介が今日の君子の感想を言い合う。主にマオの発言に、京介が微笑みながら相槌をうつ。隆二は黙ってそれを見ていた。会話の節々につっこみたい部分が多々あったが、さすがに野暮なのときりがないので自重する。
「っと、こんな時間か。夕飯の買い出し行ってくるねー」
『今日のご飯はー?』
時計を見て立ち上がった京介に、自分は食べないくせにマオが問う。
「今日は、サクサク衣のジャガイモ揚げ、トマトを添えて、だよ」
大げさに言っているが、それ、コロッケとかだろ。そう思いながら、隆二は出て行く京介を見送る。
『隆二?』
テレビも終わり、京介もいなくなり、暇になったマオが隆二の方へ向かってくる。そうして、隆二の顔を覗き込みながら、
『難しい顔してどうしたの?』
こーんな顔だよ、とぐぐっと眉間に皺を寄せた。
『あ、もしかして、ヤマトいやなの?』
ひらめいた、とでも言いたげな顔をするマオに、
「トマトな」
冷静につっこんだ。それ、食い物じゃないだろ。
京介が神山家に居着いて、数ヶ月が経過していた。七転八倒富子が終わり、七転びヤオ君子がはじまってもまだ、京介はこの家に居た。再放送のあと、マオと楽しそうに今日の君子談義をするのも、いつものことになっていた。別にそれ事態が不満なわけではない。ただ、
「あいつ、何しに来たんだか……」
気味が悪いのだ。自分で全部お金を払いながら、家政夫のようなことをする。一体、京介になんのメリットがあるというのだ。
『隆二に会いにきたんでしょ?』
「会いに来てこんだけ長い間、ここに居る意味ってあるか? そもそも、なんで会いに来たのかもよくわからんし」
『訊けばいいじゃん』
「訊いてあいつがちゃんと答えると思うか?」
『ううん』
さすがのマオもそこまで楽天的ではなかったようだ。首を横に振る。
『んー』
マオはしばらく悩んでから、ぽんっと両手を打ち合わせ、
『あたし、探って来てあげる! スパイ大作戦! テレビで見た!』
嬉しそうに言うと、隆二の返事もまたずに、すぃっと壁を抜けて行った。
「……大丈夫だろうな?」
マオが消えた壁を見ながら、隆二は小さく呟いた。
心配しか残らない。
『きょーすけさーん』
背中に声をかけられた声に、京介は振り返ると小さく笑った。
「マオちゃん、どうしたの」
『お買い物、一緒にいい?』
「いいよ」
マオは京介の隣をふよふよと浮きながら、その横顔をちらちらと見る。その視線に、
「どうかしたの?」
問いかけると、マオは慌てたように視線を逸らし、
『べ、別に!』
と、あからさまになにかありそうな返答をした。
しばらくその状態が続いていたが、マオは、
『あのね!』
意を決したように尋ねた。
『京介さん、何しに隆二の家来たの?』
放たれたのは、まぎれもないストレートだった。
京介は少しきょとんとマオを見つめてから小さく唇の端をあげる。
「隆二に聞いて来いって言われたの?」
『ええっ、ち、違うよっ』
マオは慌てて両手をばたばたさせながら、
『あたし! あたしが気になったからっ』
早口で告げる。
嘘のつけない彼女の挙動に、京介は一度笑うと、
「俺はね」
表情を引き締めて、告げた。
「約束を破るために来たんだ」
『ん? よくわかんないけど、約束は守らなくちゃだめよ?』
「まあそうだね」
真顔で諭された言葉に苦笑する。そんなことは、わかっている。
『それで、約束ってなぁに?』
「それはいくらマオちゃんにでも教えられないな」
『えー』
マオが頬を膨らませる。
「そうだなぁ、それだけで帰すのも悪いかな。マオちゃん、隆二に怒られちゃうもんね」
『そうだよ! この役立たずって隆二に』
そこまで言ってマオは、はっと何かに気づいたかのように口を両手で押さえ、
『隆二は関係ないんだけどねっ!』
強い口調で言い切った。
「うん、そうだね。ごめんごめん」
あんまりいじめるのも可哀想になってそうフォローすると、マオが途端に安心したような顔をした。
『そうそう、隆二は関係ないの』
「隆二が関係ないのはいいんだけど」
少しぐらいなら、何かを教えてあげてもいいだろう。隆二が京介の行動を訝しんでいるのは重々承知しているのだから、ヒントぐらいは出してあげよう。
「そうだな、これは言っておこうかな。俺はね、隆二が心配なわけ」
『心配?』
「そう、あとの二人のことは心配してないんだ」
『あとの二人?』
「仲間の。あの二人は不死者であることを受け入れているから。英輔は死なないってことは甘いもの食べ放題じゃん! とか言ってたし、颯太はなんか宇宙の研究を長いスパンで出来るとか張り切ってたし」
マオは、甘いもの、宇宙、と言われた言葉を覚えるように小さな声で唱えている。だから、少し油断していた。
「……俺と、隆二だけなんだよ、受け入れられていないの」
そんな言葉が思わず溢れ落ちた。
『俺と、隆二だけ……。ん?』
京介の油断を嘲笑うかのように、マオはその言葉を聞き取り、なおかつその意味もしっかり理解した。
『……京介さんも受け入れられないの?』
言いながら顔を覗き込むようなマオを、
「それよりマオちゃん、隆二ひとりだと寂しいから帰った方がいいんじゃないかな」
笑いながら言うことで牽制した。
『え? 別に、隆二が寂しいなんて可愛いこと思うわけ……』
言いかけたところで、はたと気づいたように、
『寂しいね、寂しいよね! 寂しいのはよくないよね! あたし、帰るね!』
うんうんと何度も頷く。その顔には、はやく伝えなくちゃ、と書いてある。
『京介さん、お買い物付き合えなくてごめんね!』
「ううん、隆二によろしくね」
『うん、ちゃんと伝える。……じゃなくて、隆二は関係ないけどね!』
などと言いながら急いで戻って行く背中を見送って、小さく微笑む。
ああ、彼女は、なんて素直なんだろう。
幽霊であるマオは他人には見えない。一人で空気と会話しているような京介に、周囲が微妙な視線を向けてくる。
そんなもの、今更気にしない。今更そんなもの、どうでもいい。
「約束を破りに来たんだ」
自分の言葉を反芻する。
口にしてみれば、改めて胸に刺さった。ああ、そうだ、約束を破りに来たんだ。
「……ごめん」
ズボンの後ろのポケットに手を伸ばし、そこに収まっているものを確認すると、小さく呟いた。
「約束を破るねぇ」
マオから報告を聞いた隆二は小さく呟いた。約束を、破る?
『一応ね、約束は破っちゃだめよって教えてあげたけど』
要らん世話だろ、それ。
『隆二、京介さんと何か約束したの?』
「いいや。俺、基本的に約束とかしないから。めんどうだから」
契約ならたまにエミリ達と交わすが。それ以外に約束だなんて、せいぜい茜とした約束ぐらいではないだろうか。
そんなことを思いながらマオを見ると、
「……待て、お前なにそんなににやけてる?」
だらしなく相好を崩したマオがそこには居た。やや気味が悪い。
『え、だって、隆二あたしとは約束してくれたじゃない? それって、特別ってことでしょう?』
当たり前のように、弾んだ声でマオが答える。ふふ、っと嬉しそうに笑う。
ああそうか、一緒に学んでいこうというあれは、考えてみれば約束だった。
「……そうだな」
隆二は小さく微笑むと頷いた。
考えてみないとわかんないのかよ、とつっこむような人間はここには居ない。
『あ、あとね』
思い出した、とマオは両手を叩き、
『京介さんは隆二が心配なんだって』
「は?」
心配?
『えっとね、京介さんと隆二だけが、不死者になったことを受け入れられていないから、だっけな』
「いや、別に今更、受け入れられていないわけじゃ……っていうか、あいつも?」
『うん、京介さんも、って言ってた。あ! なんかはぐらかされた! 聞いたのに』
膨れるマオ。
それにしても、ここまで聞き出して来るとは思わなかった。適当に京介にあしらわれて終わりだろうと思っていた。
ということは、京介はこのことを隆二に伝えてもいいと思っているということか。マオに、相手が話す気がないのに聞き出してくる能力があるとも思えないし。
「それで?」
『ん、えっとね。えーすけさん? は、死なないってことば甘いもの食べ放題! って言ってて、そーたさん? は宇宙の研究が出来るとか言ってたって』
「……何をしているんだ、あの二人は」
うんざりして溜息。ああ、でも目に浮かぶ。
甘いものを愛し過ぎている甘党の英輔は、甘い物さえあれば満足なのだろう。それはそれで、幸せなことだと思う。
最年長で一番賢い颯太が、この永遠の時間を使って何かの研究をするということも、考えられないこともない。
それに比べて自分はどうだ。毎日毎日だらだらとテレビをつけて、本を読んで、コーヒーを飲んで、居候猫をからかって遊んで。非生産的な生き方だ。
確かに、その二人に比べたら、心配されても仕方がない。
「……なるほどねぇ」
小さく呟く。
なんとなく、あの二人のあとに自分のところに来た理由は納得できた。心配の種は最後にじっくりと、ということだろう。
特に、仲間内で唯一、茜に会ったことがあるのが京介だ。茜が亡くなってから、京介がそのことを気にかけてくれていたのはわかっている。この前の墓参りの一件だって、あいつの差し金の部分が大きい。さぞかし心配かけていたことだろう。
でも、茜の一件が解決してもなお、京介がここに居座る理由はなんだ?
「わけわからんな」
結局、謎は何も解決していない。そのとこに溜息をつく。溜息をつきながらも、
「まあでも、マオ、ありがとな」
思ったよりも上手く諜報の役割をしてきた居候猫の頭を撫でた。
マオは心底嬉しそうに微笑んだ。
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