エピローグ

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 梅ティンは酔っている。  ときおりグビッて何かを飲む音がしている。煙草に火をつける音、フーと吐きだす音までが鮮明に電話口から聞こえてくる。たいていはLINEから予兆があって、わけのわからない哲学めいた言葉を送ってくる。それでも彼の心の内は満たされず、真夜中になって僕のところに電話をかけてくるのだ。  梅ティンは血糖値も高くインスリンも打っているので食べ物、飲み物にもいろんな制限があった。よって普通の人がもつ欲望はことごとく断たれていった。入退院を4度くり返し、神奈川の実家で療養中であった。放蕩生活やら入院費やらで蓄えはほとんどないはずだった。それがどういうわけか酒を買う金だけはひねりだしているらしく庭の鉢植えの裏や、物置の棚の奥、風呂の天井の裏、などに彼の大好きなウイスキーのビンを隠して飲んでいるらしい。しまいには自分ではどうにもならなくなり血糖値も悪化し、やがて病院へ担ぎ込まれる。そんな2年間であった。 「ねえ清水、聞いてる? お前にだってそういう感覚わかるだろ?もう二度と酒は飲めないのはわかっている。なくした脚は生えてこないようにな。でも脚には義足があるように俺にも介助が必要なんだ。こんどこそ飲まないで生きられるゲームに、多少アルコールは必要ってわけさ」  僕はたいてい「うんうん」「そうかー」を繰り返し自分の意見は言わず聞くだけにしている。梅ティンが僕に意見を求めることはない。聞いていればいいのだ。なにより毎回再び飲みだした言い訳の例え話が面白く、僕にとってちょっとした楽しみにもなっていた。梅ティンは、かえって酔っている時のほうが話していることに論理性(ろじっく)があって僕もいつのまにか引きこまれてしまう。  睡眠薬が効いていて僕は眠たい。しだいに舟を漕ぐような返事が続いたのか、電話は勝手に切れていた。  そんな電話のやり取りが7,8回は続いただろうか。僕はまだ病気の治療を進めながらもがいていた、20××年11月、梅ティンは5回目の入院になった。なったというか人づてに耳にするのだ。酒を断つ病院やグループに通うと、こうした情報はすぐに広まる。  入院すると電話は昼間の限られた時間しか使うことはできない。しかも入院してすぐの1週間は持ち物さえも没収される。自殺防止のため、特にひも類には細心の注意が払われる。今頃はきっと病棟のガッチャン部屋(手を縛られ強制的に寝た姿勢のままにさせられる処置室)に入れられて泣いているのかもしれない。梅ティンは涙もろいから。
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