半身不在

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「“もう一人のキリ”──君は、通とは違う性格と意思を持つ通の別人格で、通の知らない行動をとる。だから、君は通の創った設定──つまり“空想のキリ”から外れてしまった。君が行動している間、通としての意識は働かない──多重人格ってそういうもんだって聞いたことがあるけど、実際そうなんだろう? だから、君が表に出ている間、通は“架空のキリ”との会話もできなくなっていた。───それが、キリが“いなくなる”っていう現象なんじゃないか?」 「通は君の行動や心情を知らない。でも、君は元々“空想のキリ”から生まれた人格だから、通と“空想のキリ”の関係や会話を知っている。“空想のキリ”を通じて通を知るほどに、君は自分の別人格である通を好きになってしまったんだろ? 僕を疎ましく思ったのもそのせいだ」 「僕が一番心配なのはそこなんだ。だって、“自分”への恋心なんて、物理的に絶対叶わないじゃないか」 「僕がいなくなったところで、その恋が叶うことはない。僕も消えたりしないしね。だから、まあ……通のことは諦めてやってくれよ」 「本当のことを言えば、通の負担になる君たち二人の“キリ”には消えてほしいと思ってた。でも、キリが発現した原因が僕にあるというなら、キリは僕の分身でもあるんだ。だったら、このまま通に大事にされる存在でいてほしいとも思ってしまったんだ───ただの我儘なんだけど」  通は大切な友人。───僕の中ではそれも言い訳だったかもしれない。  僕は、キリを容認して、疎んじて、妬んでいた。 「……そんな答じゃ駄目なのか? 通…」  薄化粧の頬に、つう、と一筋涙が零れた。 「………貴利…」  剥げかけたルージュの唇が動いて、掠れた声が僕を呼ぶ。 「…おかえり」  僕はロングのウイッグ越しに、旧友の頭を撫でてやった。
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