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ドアの前に立ち、小さく溜め息をつく。
(はぁ……。このおじさん、妙にネチっこくてダルいんだよなぁ)
そうして、自分の姿を見下ろした。
田中という客の要望で、セーラー服を着ている。
もちろん、俺は現役の女子高生というわけではない。むしろ、男だ。
それゆえ、紺色のプリーツスカートからは、男の足が覗いていた。一応ムダ毛は剃ってきたわけだが。
俺、小日向槙は十九歳の男である。
高校を卒業して、進学もせず、かといって職にもつかなかった。
こうなってしまったのは、高校生のときのいじめが原因だと言っても過言ではないと思う。
俺は普通の男子高校生だった。男を好きということ以外は。
好きな先輩がいて、告白したらそれをネタにいじめられたという典型的なヤツ。
それをきっかけに、人生がつまらなくなってしまった。誰も信じられなくなった。
もう一生恋なんてしない。愛も信じない。どうせ、誰にも受け入れられず傷つくなら、社会にだってでたくない。
と、啖呵を切ったところで、金がなくては生きていけない。
一人暮らしをするにも、ノンケの友だちと遊ぶにも、金が必要だ。
そこで、らく~にお金を稼げる方法が、男性向けの男の娘風俗だった。
もともと女顔で、クォーターだが、白人系の血が入っている。
色素の薄い髪、琥珀色の瞳、毛という毛もブロンドというところで、まあまあ人気はでた。……初めのうちは。
わけあって、今では継続して指名してくれるのは、この『ネチっこい』おじさん、田中だけなのである。
週に二回の頻度で呼ばれては、そのたびに愛を囁いてくる、ありがたくも迷惑な客だった。
(まあ、いっか。お仕事、お仕事)
インターフォンを押すと、しばらくしてドアが開く。
「槙くん、今日は早いね!」
顔を出した田中は、いつものようにうれしそうだった。
毛髪の少ない、四十すぎのおじさんだ。いつもくたびれたグレーのスーツを着込んでいるが、今日は先にシャワーを浴びたらしい。白のバスローブを羽織っていた。こんな冴えないおじさんのどこに風俗に通うお金があるのだろうか。
「ご指名、ありがとうございまーす」
いつもの棒読みで返すと、それだけで田中はうれしそうに俺を抱きしめた。
「会いたかったよ~」
「俺もっす。あれ、先にシャワー浴びちゃったんすね」
「そうそう。少しでも槙くんといたいからさ~」
「あざす。じゃあ、俺、シャワー、サッと浴びちゃいますね」
「いいよ、いいよ。槙くんに汚いところとかないから!」
「いや、そういうわけにもいかないんで」
田中の脇をすり抜け、シャワー室へと向かう。
目の前で制服を脱ぎ捨て、一人かけのソファーにかけた。
「シャワーから出て、制服着たら、タイマー押しますんで。まあ……サービスっす」
俺はそう言って、シャワー室へ入っていった。
簡単に浴室を洗い、湯船に少しお湯をはる。田中はいつも行為後に一緒に湯船に浸かりたがるからだ。ふと、大きな鏡に自分の映る姿を見た。
白に近い金髪は少し伸び、女の子のボブカットくらいの長さになっている。母親譲りの琥珀色の瞳。桜色の唇。どこからどう見ても女性に見えるのに、胸には当然膨らみはなく、足の間に余計なものまでついている。
どうして自分は男なのだろうか。
ずっと違和感を覚えていた。
でも、どうすることもできず、かといってニューハーフみたいにポジティブにもなれず、風俗の同僚たちのように女のフリもできないでいた。
客にも媚びることができず、接客も下手なまま。見た目だけでは指名を維持することはできなかった。
こんな自分をリピートしてくれるのは、田中だけだ。
だが、そんな太客にすら、サービスすることは躊躇われた。
(どうして……田中さんは俺を指名してくれるんだろう……。俺なんか抱いても楽しくないだろうに)
自らの胸を撫でる。
なにも感じない。ただの男の胸だ。
***
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