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「お疲れ様。
キセくん、今日はバゲット持っていきな」
キセがギャルソン(給仕係)としてアルバイトに励むフランス料理店『ル・ヴォア』の厨房。
忙しい時間帯が過ぎると、オーナー兼シェフの鵜飼が剥き出しのバゲットをキセの手にポンと渡した。
「わわっ、
いつもありがとうございます!」
「今日教えた『リエット』と『刻みパテ』の付け合わせにしろよ」
「キセくん、これも。
、、、僕のお下がりだけど」
ロッカーから戻った九織がバゲットの上に乗せたのは、真っ赤な生地に派手な柄が所々ちりばめられた布だった。
「九織さん、この珍妙なる布は何でしょう?」
「エ、プ、ロ、ン!
水無月刑事の為に料理するんだろ?」
鵜飼が他のギャルソン達の耳を気にしながら小声で注意した。
「『刑事』ってのは口にするなよ、九織」
「なるほど、料理にはエプロンですね。
しかしこの柄は、、、」
バゲットを小脇に挟み、布を広げるキセの横で、九織は『ずいぶん前だけど』と、うっとり空を見つめた。
「あの冷たくて無口で笑顔も見せない水無月さんが帰って来るところを狙って食事を届けたことがあるんだ。
わざわざこのエプロン着けて行ったんだよ。
彼はね、エプロン姿の僕を見るなり固まって、、、」
「ほぅ」
「口にこそ出さなかったけど、あの目は驚きと欲望の目だった。
僕のこと『可愛い』って思ったに違いないよ。
顔には『抱き締めたい』って書いてあったもん」
九織は ふわふわとした細毛の、やや長い巻き毛を一撫でし、得意げに顔を上げる。
「、、、、」
「あーあ。
あの夜のうちに水無月さんと、どうにかなってたらなぁ。
今頃彼の側には僕が、、、」
「九織」
機嫌を損ねた鵜飼の低い声に、九織は慌てて口をつぐむ。
キセはバゲットをカウンターに置き、
その場でエプロンを身に着けた。
「九織さんのアドバイスは全くもって参考になります」
キセの真面目な顔を見、九織は柔らかな笑顔で応えた。
「頑張って、キセくん。
水無月刑事の心をゲットして、一日も早く現場に連れて行ってもらうんだよ」
「ありがとうございます。
これで水無月さんの関心を引き、いつでも側にいられるよう頑張ります」
「、、、しかし何度見てもすげー柄だよな」
鵜飼はキセのエプロン姿を暫し見つめ、頭を振って奥に引っ込んだ。
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