沈黙の彼女

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 目の奥が憎悪で真っ黒だった。    仮装の一部だと思っていた不健康そうな顔色もメイクではなく、少し見ない間に顎が尖り痩せている。   「お前……一体どうしたんだよ? なんか、具合でも悪いのか?」 「ハッ今度は心配するふりかよ。……お前のせいでこうなったのによくもまあそんな事言えるよなァ。 お前が彼女を奪ったってわかってんだよ! あいつは俺のもんだ! どこに隠しやがった?」 「だから何の話だよ? さっきから言ってる事おかしいぞ。まさかお前……変な薬に手を出したんじゃないだろな?」  お調子者でちょっとアホなサトシが、人が変わったように喚き散らす様子にゾッとする。  いや、前から意味不明な部分はあったけど、こんな奴ではなかった。 「俺のカズハを返せ! 誰にも彼女を奪われないように冷蔵庫の奥に隠してたのに! お前しか俺の部屋に入れてないんだ! お前だ! お前以外ありえないんだ!」 「だからカズハって誰だよ? 奪うもなにもお前に彼女なんて居なかっただろ?」 「俺にはカズハしか居なかったのに! カズハだけが心の拠り所だったのに! なのにお前が来た日にあの子が居なくなった! お前が、お前が……!」  そう叫ぶなり胸ぐらから手を離し俺の首を絞める。  サトシ……呪い殺すんじゃなかったのか? まさか物理攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったよ。  あとさ、“冷蔵庫の奥に隠してた“ってどういう事? 死体? それともフグ似のお前はサンマか何かを彼女だと思ってたとか? どっちにしろお前、マジでどうかしてるよ……。  薄れゆく意識の中、最後に見る光景がバースデーハットを被りシーツを巻き付けた魚類顔の親友とは神も無慈悲だ。  バイバイサトシ。次はもっといい関係を築こうぜーー。  しかしサトシは俺にとどめを刺す事なく放り出し、尻ポケットを(まさぐ)り始めた。 『あった! 俺のカズハ!』  人の財布から五千円札を抜き取り喜色満面(きしょくまんめん)でそれにキスをする親友。解せぬ。 「……お前の言ってた“カズハ”は五千円札の樋口一葉(ひぐちいちよう)の事か?」 「は? 五千円札は“”おけぐちかずは“だろ?」  惜しい。詠み方は間違っているが、お札の名前を覚えようとしたサトシの努力は褒めてやりたい。 「やっぱり犯人はお前だったんだな! この茶色いシミは俺がつけた奴だ。でも俺は寛容な男だから焼肉で水に流してやろう」  偉そうにタダ飯をねだるサトシ。痩せた理由は金欠が原因か。確かに冷蔵庫の五千円札は俺が持って行ったのは事実だ。でもな。 「俺から三万五千円も借りておいて一向に返さないから回収しただけで、犯人もクソもないだろ! さっさと仕事探して金返せ! その“カズハ”も元々は俺のもんだアホッ」   ーーその後奴にまかない付きのバイト先を紹介し、無事元のふっくらしたフグ顔に戻ったサトシ。  しかし、俺の“カズハ”は一生戻って来なかった。       完 36380634-e886-4005-a8c5-a316e343c7ea
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