41. 温もり

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41. 温もり

冷房の寒さで目を覚ますと、朝になっていた。辺りには使用済みのコンドームや丸められたティッシュがいくつも散乱している。あの後、俺は聡史くんと何度も身体を重ねた。 友達という関係であるはずの彼と、身体の快楽のまま行為をしたことを後悔しながらも、彼がかなりの床上手だった事もあり、閉じていたものが開いたような解放感と、まだ温もりを求める感覚とがあった。 …と余韻に浸っている場合ではない、時計を見る時刻は8時過ぎ、就業開始は9時だ。俺は出かける準備をしようと慌てて起き上がる。 「あれ?雅樹くん、帰るの?」 隣で寝ていた聡史くんはムクッと起き上がる。 「9時から仕事だから、急がないと……っ!?」 床に脱ぎ捨てられたYシャツに手を伸ばすが、聡史くんに腕を引っ張られ、俺はベッドに倒れ込む。 「もう間に合わないしサボっちゃいなよ…」 聡史くんに組み敷かれるような体勢になり、一気に目が覚める。 髪は乱れており、眠そうな顔はいつも以上にアンニュイな雰囲気が出ている。初めて見た寝起きの姿は、より一層色っぽく見える。 寝ぼけているのか、彼は触れるだけの接吻を落とす。向けられたまっすぐな視線からは、逃げられないような気がした。 彼には好きな人がいる。だからこそこんな事をするべきではない。それなのに、善意と性的欲求が邪魔をして断れず、結局その後も流されてしまった。 行為が終わり、出し切った後の身体の重みをそのまま俺に乗せていた聡史くんが口を開いた。 「…ねぇ、雅樹くんが初めて作った曲って、どんな曲?」 「え?そうだなぁ、中学の時の片想いの曲かな」 「へぇ!もちろん相手は男の子だよね?何か進展なかったの?」 「なかったよ。リコーダー盗むくらいしかできなかった」 「なにそれ〜さすが雅樹くんだね」 「でもその背徳感がどうすることもできなくて、じいちゃんのギターで2つくらいのコード弾きながら適当に歌ってたよ」 「微笑ましいね。…僕もここ半年くらいオリジナル曲を作ってみてるけどさ、有名な作曲家とかプロのミュージシャンに曲を提供してもらってる”Dead Section”でやるわけがないし、曲の内容もほら…雅樹くんのそういうのに近いから、誰に聞かせるでもないんだけどね」 「そういうのってなんだよ」 俺が身体を起こそうとして、聡史くんが止めようとする、そんなやりとりがしばらく続いた。 10時頃、俺は聡史くんの家を後にする。既に熱しきった街を寝不足で歩くといつも以上に汗が出る。それに、こんな状態で春のもとに帰ることに後ろめたさがあった。聡史くんの言う通り、俺と春は別に恋人として同棲しているわけではないのに。 ドアを開けると春が驚いた顔で玄関に駆け寄ってきた。 「大丈夫ですか?具合悪いんですか?」 春は当然仕事に行ったと思っていたのだろう。怪訝な顔をするでも真っ先に心配してくれたことが余計に申し訳ない。 「うん、二日酔いなだけだから大丈夫」 俺は早々と部屋着に着替えソファーに深く座った。 「昨日テーブルの上整理してたんですけど、白井さんこれずっと開けなくて大丈夫ですか?」 春が渡してきたのは、1、2ヶ月ほったらかしにしていた白い封筒だ。 「ああ、ありがとう。」 さすがにそろそろ開けなきゃいけないと思い、俺は封を開ける。封筒や中の2つ折りの厚紙に書かれた2人の名前には目を配らず、日程を確認していると、薄いもう1枚の紙が重なっているのに気づいた。その紙を確認し、俺は思わず「うー…」と唸ってしまった。 「どうしましたか?」 春が台所の方から気にかけている。 「結婚式の招待状でさ、前の同居人からの…スピーチすることになっちゃってさ」 「へぇ~大変そうですね」 春は何かしているようで軽く返す。スピーチを考えるのが大変なのではない、失恋相手にスピーチをするのが苦痛だということは、言える筈がなかった。 しばらくすると柔らかい出汁の香りがしてきた。 「白井さん、お昼ごはん食べますか?」 「うん、ありがとう。」 春が作ってくれたのは煮込みうどんだった。 「暑いのに、って感じですけど、冷たいものより温かくて柔らかいもののほうが胃に優しいんで。フーフーして食べましょ」 俺と春はそろって彼が言うように冷ましながらうどんをすすった。彼の温かさが表れたような優しい味に、俺は思わず「ごめんね。」とこぼす。 「何がですか?そうだ、食べ終わったら一緒に隠キャさんの新作見ません?」 春は何食わぬ表情で返す。よりによって隠キャ=ハヤトさんか、と思いつつ、隠キャの出前レビュー動画を見ながら今度何か頼んでみようかと話しながら、昼下がりは過ぎて行った。
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