対決と成功と彼がいない夜

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私が花を生けるので、イベントの進行フォローは橘部長が引き受けてくれた。 「僕がやるよ。大丈夫。白川さんの最後の仕事だからね」 「部長、私もう泣きそうです」 「それより早く着替えないと」 ホテル内には懐石料理の従業員用に和装のための更衣室がある。私はそこに母から届けられた着物一式を運び込み、心を鎮めながら身支度を整えた。三ツ紋を入れた撫子色の色無地に、七宝が織り地になった帯を締める。花より自分や着物が目立ってはいけないので、今日は柄のない着物だ。でも、いくら裏方であるといっても着物は人の目を楽しませるものなので、主張が強くない範囲で見た目に心地よい色を、帯には吉祥柄を選んだ。  固いシニョンの髪は一度ほどき、堅苦しくない程度に緩めて結い上げた。走り回っていたせいで少し崩れていたメイクを直し、鏡で自分の姿を確認すると、私はバンケット会場へと戻った。 こんな騒乱があったことは微塵も感じさせず、最終日のイベントは華やかに開始時間を迎えた。 茶道会場のメインは当然ながらお点前なので、私は会場の片隅で静かに花材と向き合っていた。 翁草、白蝶草、姫ひおうぎ、空木、都忘れ、下野草。どれも六月のお茶花にふさわしいものだ。 茶の湯に添えられる花は、「花は野にあるように」という教えに基づいている。華道やフラワーアレンジメントのような技巧を凝らしたものではなく、ごく素直に、自然に生けた「投げ入れ」と呼ばれるものだ。呆気ないほどの簡素さはパフォーマンス向きではなく、それぞれのお座敷に花を運び終えたらすぐに私はお役目を終える。でもひとつ生け終えるごとに背後で見物する外国人が増え、英語で質問も受けた。 隣で行われている華道と茶花の違い、茶の湯のこと。私には専門外のこともあったけれど、わかる範囲で丁寧に答え、頃合いをみて会場をあとにした。
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