チュパカブラあります

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俺は今、ある猫を探している。 「【拡散希望】猫を探しています。名前はシロップ。体は白で、前足の先だけ靴下を履いたように黒いです。猫嫌いの隣人によって捨てられてしまいました。隣人によれば〇〇県〇〇市の〇〇橋の下に捨てたとのことです。見かけた方はご連絡お願いします。また、一緒に探してくれる方、ご連絡ください。」 SNSでこの書き込みを目にし、俺は、さほど動物は好きでもないので、大方猫が悪さして、隣人がキレちゃったんだろうなくらいにしか思わず、SNSってのは便利だよな、140字で自分の都合の良いように伝えればいいのだから、この文面からは「酷い隣人」というニュアンスしか伝わらない、そこに至るまでの隣人の感情は無視かよ、と冷めた気持ちでその本人をどんなやつか見てやろう、くらいの気持ちでクリックしたのだ。  すると、そこには無防備にも顔出ししてしかも超絶かわいい女の子の画像がプロフィールに掲げてあった。これは、本人だろうか?そう疑問に思い、その子のアップしている写真を覗くと、そのプロフィールと同じ顔の女の子がいろんなポーズで自撮りしており、これは本人に間違いないと思い、即返信をした。 「隣人さんは、酷いですね。僕は動物が大好きで特に猫にそんな酷いことをするなんて許せない。」 と心にもないことを書き込んだ。そして、自分が同じ市に住んでいることをアピールし、一緒に探すことができることを一生懸命アピールした。他にも下心満載の野郎からの返信もたくさんあったようだが、何故か彼女は俺を選んだ。俺は心の中でガッツポーズをした。猫なんて気まぐれでどこへ行くかもわからないし、見つからないだろうけど、俺の本当の目的はこの子お近づきになることだ。  しかし、世の中はそんなに甘くなかった。確かに、男は俺一人だったけど、捜索要員が他にも3人、全員女性でしかも40代と思しきおばさんも居て、ようするに俺は、その橋のあるところまでのアッシーとして利用されただけだった。かわいい女の子が泣きそうな大きな目で俺を見つめて「お願いします。」なんて言われれば、やるしかないだろう。現地に着けば、それぞれが手分けして探すので、結局一人作業だった。  まぁまぁ、適当に探して、どうせ見つからないだろうから、集合時間になれば彼女を家に送ることになるので、俺にはまだチャンスは残されている。俺は下心に胸を膨らませて、適当に猫を探すフリをした。   川沿いに歩いて行くと、自分が住んでいる町にも関わらず、知らない場所が多いもんだなと思った。このあたりは工場と会社ばかりで、民家が少ない。かと言って、往来が激しいわけでもなく、典型的な工業団地だ。しばらく歩いていると、高いビルとビルの間に挟まれて不自然に細い建物があった。よくもまあ、こんな細い所に建てたものだ。見た目は20坪くらいだろうか。5階建ての建物で隣のビルのおかげで薄暗く、なんだか不気味な雰囲気を醸し出していた。よく見ると、外に非常階段が付いており、俺は何か違和感を感じた。 「あれ?非常階段が途中で途切れている。」 その非常階段は一番下が3階で途切れており、しかもその非常階段に面したところには、ドアも窓もない。壊れて朽ちたというより、はじめから作られていないような造りで、何のための階段なのかわからない。ただ、5階にだけはドアがあり、その意味の無い非常階段は5階からは出入りできるようだ。 「3階から、飛べ、ってか?」 苦笑いしながら、興味本位でそのビルに近づいた。 どうやら、いろんな会社が入居している雑居ビルらしく、下の古びた赤い郵便受けには、オフィスの名前らしきものが書いてあった。もちろん、エントランスなんてものはなく、部外者でも難なく建物内に入る事はできた。  俺はどうもあの非常階段が唯一通じている5階が気になり、本来の目的も忘れて、エレベーターの5のボタンを押していた。かび臭い建物の廊下は、そこに人が存在するとは思えないほどひっそりとしていて、まるで廃墟のようだった。チンという古めかしいエレベーターのドアが開く音がして、俺は誰かに出くわすのではないかと、ドキドキしながら、暗い廊下を非常ドアのあるほうへ向かって歩いた。そして、5階の突き当たりのドアを開いた。外に出ると、やはり薄暗く、空気はよどんでじめじめしていた。すると、男はある異変に気付いた。 「あれ?非常階段が上に伸びている。」 確かにここは最上階のはず。 「屋上があるのかな。」 見上げても暗くてよく見えない。 すると、いつの間に紛れこんだのか、足元に猫が居て、俺を見上げていた。真っ白な体に、黒い靴下を履いたような前足。 「お前、シロップか?」 そう問いかけると、その猫は首をかしげた。そして、踊るように軽やかに非常階段を昇って行った。俺は慌てて後を追った。 「待て、待てってば。お前の飼い主が探してるんだって。待てよ。」 非常階段をカンカンと冷たい音をたて俺は猫を走って追った。 すると、不思議なことに、その非常階段の先は屋上ではなく、扉があった。俺は確かに最上階の5階のボタンを押したはず。Rボタンは無かったので、5階が最上階のはずだ。ということは、ここは? あるはずのない6階。俺は引き返そうかと思ったが、俺が追っていたはずの白い猫の姿はどこにもなかった。 「もしかして、この中に。」 俺の中で危険だと警報が鳴り響いている。ここへ入ってはいけない。だが、俺は好奇心に勝てずに、その扉を開いてしまったのだ。 暗い廊下に面して、一つドアがあった。 「トマソン」 ドアにはそう表札がかかげてあった。 会社だろうか。なんとなく雰囲気的に店のようでもある。壁一面に、わけのわからないお品書きのようなものがあり、果たしてそれは食べ物なのか、そうでないのか、わからないような言葉が書いてあった。 その中でも一際目を引いたのが「チュパカブラあります」という文字だ。 「チュパカブラ?あのUMAの?」 俺がそんなことを考えていると、ドアが開いた。ギィと陰鬱な音をたてて、中から小さな腰の曲がった爺さんが出てきた。 「いらっしゃい。」 爺さんは顎から細く白いひげを伸ばして、値踏みするように俺を見た。 「あ、すみません。黙って入ってしまって。すぐ帰ります。白い猫を見かけませんでしたか?」 俺は突然のことにしどろもどろに言い訳をしながら、なんとか取り繕おうとした。 すると、老人はその問いには答えずに、俺にこう言った。 「これが気になるんじゃろ?」 指差した先には、「チュパカブラあります」の文字。 「ええ、まあ。気にならないといえば嘘になります。それより、猫、見ませんでした?」 俺は早くこの場を去りたかった。こんなおかしな人間と関わるのは御免被る。絶対にこの爺さんは変人だ。 爺さんは俺の問いには一切答えず手招きをした。もしかして、猫がいるのか?チュパカブラも眉唾物だが、見てみたい気もする。俺は誘われるがままにそのドアから中に入った。 中はもっと怪しげな雰囲気で、オカルトじみたオブジェや、人間なのか動物なのかよくわからない人形や、見たことも無いような文字で書かれた本などが所狭しと並んでいた。 「アンタは10年ぶりのお客じゃから、特別にチュパカブラを見せてやろう。」 そう言うと部屋の奥に真紅のビロード布に包まれたものを、テーブルに運んで来た。 そしておもむろにその布を剥ぎ取ると、そこには河童のミイラのような物体が現れた。 やっぱり、胡散臭い爺さんだと思ったぜ。どうせ、これは何か動物のミイラを合体させたような代物だろ? 俺は半分腹でバカにして笑っていたが表情には出さなかった。 「へー、これがチュパカブラなんですか?でも、羽とか無いんですね?チュパカブラって飛ぶんでしょう?」 俺はちょっと意地悪をした。 「羽ならここにあるぞ。」 そう言うと爺さんはミイラの腕を引っ張り、体との間にある薄い膜を見せた。なるほど、大きなコウモリの羽でもつけたのか。やはり胡散臭いな。 「これは売り物なんですか?」 俺がたずねると爺さんは首を横に振った。 「いいや、これは売り物ではない。おっと、そろそろエサの時間だな。」 爺さんはそう言うと、奥の部屋に行ってしまった。俺はチュパカブラと言われたものを、しげしげと見た。 口からは鋭い歯が何本も飛び出していた。大方、この歯は、ピラニアか何かの歯だろう。 よくもまあ、こんな胡散臭いものを作ったものだ。売るでもなく、やはりこの爺さんは変人だ。早いところお暇しなくては。そうこう考えていると、爺さんが奥の部屋から出てきた。 「みゃー。」 爺さんの腕に抱かれた白いものが弱々しく鳴いた。 「シロップ?」 俺がそう言うと、猫はその名に反応し、もう一度にゃーと鳴いた。 間違いない。これがあの子の探していたシロップだろう。 「すみません、その猫、探してたんです。返してもらえませんか?」 俺がそう言い終わる前に、爺さんはその猫の首をナイフで掻き切った。 「ぐるる」と音がし、猫は皮一枚で首がつながり、その切り口からは、ボタボタと鮮血がほとばしった。 「なっ!何をするんだ、アンタは!」 俺は叫んだ。何て残酷な。 爺さんは俺を無視して、猫を抱え上げ、チュパカブラの頭と思しき場所に鮮血を降り注いだ。 「ほうれ、エサじゃぞ。たーんと飲め。」 この爺さんは狂っている。ヤバイ、俺もやられる!俺は逃げ出そうと思ったが、恐怖で足が思うように動かなかった。 「ぎょわーーーーーーーっ!」 今まで聞いたこともないような、叫び声とも鳴き声ともわからない声が響いた。その声は、なんとあのチュパカブラから発せられた声だった。 「う、嘘だろう?」 ミイラと思われたその物体がギシギシと頭を動かし、ほとばしる鮮血を口で受け止めていた。 「うわああああああ!」 俺はあまりのショックで失禁してしまった。 抜けた腰を必死に建て直し、なんとか立ち上がり、脱兎のごとく逃げ出した。 でも、この階にはエレベーターがない。やむを得ず、あの非常階段で逃げるしかないのだ。 5階に行けばエレベーターがあるはずだ。ところが、階段を駆け下りると、そこにあったはずのドアがなかった。 「嘘だろう?なんでドアがないんだよ!」 俺はドアがあったはずの壁を叩いた。 「ぎょわーーーーーーーっ!」 非常階段の上から何かが這い降りてくる音がする。俺は全身が総毛だった。 あいつが追いかけてくる! 俺の期待を裏切らず、チュパカブラがずりずりと階段を降りて来た。 「来るな来るな来るなああああああ!」 俺は必死に階段を駆け下りる。でも非常階段は3階までしかない。追い詰められた俺には、もう選択の余地はない。3階からなら、足を折る程度で助かるかもしれない。 飛べ! 俺は3階からダイビングした。ダイブした俺を見てチュパカブラが羽を広げた。 あ、ホンモノだったんだ。あの羽。 そう思った瞬間に俺の首に鋭い痛みが走った。 チュパカブラが俺の喉を捉えた瞬間だ。 気がついた時は、俺は、白い猫を抱いて、道端に倒れていた。 「にゃー」 猫は窮屈そうに、手足をばたつかせている。 あれ?俺は確か、おかしなビルに侵入して、変な爺さんの店でチュパカブラを見せられて、そしてそのチュパカブラに襲われたのに。 あたりを見回すと、まったくそのような建物は見あたらず、ただ工場群が立ち並んでいるだけであった。 助かった自分にほっと胸を撫で下ろすとともに、あれが夢だったのか現実だったのかよくわからずに混乱してる自分がいた。 とりあえず、俺は猫を抱いて集合場所の駐車場に向かった。 俺の目の前で、真っ赤に目を泣き腫らしたあの女の子が俺に何度も頭を下げていた。 「ありがとうございます。ありがとうございます。」 そう泣きながら、白い猫を抱きしめた。 俺は夢でも見ていたんだろうか。 そして、その日を境に、俺はその女の子と何度かデートを重ね、お付き合いするようになった。 そして、今日は初めて彼女の家に招かれた。 手料理を振舞ってもらい、彼女は遅いので泊まって行く?と勧めて来た。 何もかもが上手く行った。 ただし、俺の興味は、彼女の体ではなく、その白い喉に脈々と流れている、赤い鮮血である。
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