5 絶対なんてない

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「それはそうよ。痛いに決まっているわ。でもその胸の痛みは大切にしてね。誰かを本気で好きになった証拠だもの。」 あれ? 気付かれていない? 良かった。 セー…… 「でも厄介な人を好きになっちゃったわねぇ。先生は自分の事にはとても鈍感だし、男女問わずおモテになるし……罪なお方よね。」 フ……なんかじゃなかった。 完全にアウトだ。 「あの、里村さん! 俺は別に咲間さんが……とは言ってないですよ! 彼っていうのはその……なんていうか……えーっと……」 苦しい……苦しい言い訳だ。 これ以上言っても逆効果かもしれない。 菩薩のように微笑む里村さんを前に俺は観念する事にした。 「……すいません。そうです。咲間さんが好きなんです。」 「ふふ。素直ね。でも安心して。随分前から気付いていたわよ。」 「えぇ?! 何で……え? どうしてですか?」 それに、安心して。って何だよ。 「だって、日向さんとってもわかりやすいんだもの。顔に書いてあったわ。先生の事が好きって。」 聡太郎さんと同じ事を里村さんにも言われてしまった。 俺ってそんなにわかりやすいのか……だったらもう咲間さんにも気付かれているんじゃないのか? だとしたら……そうだとしたら…… どうしよう…… どうしたら…… 「でも大丈夫よ。さっきも言ったけど先生は超が付くほどの鈍感だから。日向さんの想いには気付いていないわ。」 俺の心が読めるかのように里村さんはそう続けた。さすがミラクルスーパーウーマンだ。 「良かった……」 「それにね、好きにならない人はいないのよ。先生と一緒に居れば好きにならずにはいられないんでしょうねぇ。まぁあの容姿だし、仕事も出来るし魅力的だとは思うけど、それと同じくらいダラシがないのに。それが逆にいいのかしらね? ほら、ギャップ萌えって言葉もあるんでしょう?」 いや、でしょう? って言われましても…… それに今サラッと、他にも沢山咲間さんを好きな人が『いる』、もしくは『いた』って言っているようなものじゃないか。 里村さんはどこまで咲間さんの事を知っているんだろう…… 「あの、里村さんは聡太郎さんと孝太郎さんをご存知ですか?」 「えぇ。先生の幼馴染みさん達よね。双子の。彼らもとても素敵な人よね。」 「えっと、実は今日病院で会ったんです。」 「そうだったのね。孝太郎さんは凄い人よ……。あんな事があったのにいつも笑顔でいらっしゃって……」 「あんな事……?」 「あら、もしかして日向さんは何も知らないの?」 里村さんは俺の顔を見てすぐに悟ったのか、しまったといわんばかりの表情でそう言った。 「はい。何も知りません。孝太郎さんに何があったんですか?」 「私の口から言ってもいいのかしら……」 「教えてください!知りたいんです!咲間さんと孝太郎さんの事……」 「私も詳しくは知らないのよ。だけど……孝太郎さんはね……」 いつのまにか前のめりになっていた俺の顔を見つめながら、里村さんは小さく息を吐き出した後で話し始めた。 さっきまでとは違う、どこか悲しげな表情で。
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