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月人―つきびと―
「次の満月はいつ?」
そう彼女はいった。
綺麗な円形から、その一部だけを切り取ったような、いびつに欠けた月を見上げながら、彼女はそういった。
ぼんやりとした月明かりに照らされた彼女は、どこか神秘的に見えた。
「まだまだ先だと思うよ」
と、僕は答えた。
「一週間くらい前が、たしか満月の夜だったはずだから――」
八月二十六日の夜――僕たちは出会った。
この島で。この大きな島で。元は無人島だったらしいけど、今は通称『月島』と、そう呼ばれている。誰が初めに呼んだのかはわからないけど、それはいわば、必然的に決定された。
「あの月の光が私たちを消してしまったんだって……」
彼女は海岸沿いの、それほど高さのない中途半端な防波堤の、灰色のコンクリートの上に座っていた。質素な水色のワンピース姿で、髪の毛も別段、綺麗に整えられていることもなく、その視線はどこか冷めた色をしていた。
その儚げな姿が、僕にはどこか印象的に映っていた。
「えっと……なんだっけ?」
彼女に見とれていたせいで、つい先ほど聞いたはずの内容がどこかへ消えてしまっていた。彼女は僕に顔を向け、まるで蔑むような目つきをしてから、元の月を見上げた格好に戻った。
「あの月の光が、私たちの姿を消すって話。――この島にいるってことは、あなたもそうなんでしょう?」
「ああ……」
当たり前というかなんというか、今やそんなこと、この島にいるほとんどが――いや全員が、否が応でも認識していることだ。
「君も、月人なんだね?」
「つきびと?」
彼女が不思議そうにこっちを見た。どうやら彼女はまだ、僕たちがそういう呼称で、本州に住むの人間と区別されていることを知らないらしい。
「そう。月人。この島で暮らしている人はみんなそう呼ばれてるよ。大人も子供もお爺さんもお婆さんも学校の先生も、僕たちを検査してるくれる学者のヒテンさんも」
ふうん、と彼女は曖昧に返事をした。納得がいっていないのか、そういう反応だった。
「もしかして、最近やってきたの?」
月人を知らないことからも、彼女とここで初めて出会ったことを考慮しても、その想像は容易についた。こくりと、機械のような動きで、彼女は頷いた。
「つい三日前に来たばっかり」
「そっか……。じゃあ、君も検査に引っかかっちゃったんだ」
少しおどけていうと、彼女はむっとしたように頬を膨らせた。
「それだとまるで、私が悪いことをしたみたい」
「あ、ごめん」
そういうつもりじゃないんだと、弁明する。この月島には、月人しか暮らしていないから、一般の感覚が麻痺しているのかもしれない。
「やっぱり――消えてた?」
質問の意図を理解したのか、彼女は自嘲気味な笑みを浮かべた。にもかかわらず、そこに悲観的な雰囲気はなかった。すべてを受け入れたような、大人の表情。
「……うん。消えてた。透明人間みたい。ちょっと怖いかも」
「大丈夫だよ。ここにいる人はみんなそうだから。みんな、あの機械で撮られると、透明に見えちゃうんだ。だって、月人だからね――」
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