私が夢見たもの

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 私は彼女の腕を両手でそっと握りながら泣き、彼女もまた涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。どのくらいそうしていただろう。しばらくしてどうにか泣き止んだ彼女は、オレンジのペンケースを胸もとで握りしめて満面の笑みを浮かべる。私も微笑み返し、最初の頃あんなにも冷え切っていた教室が嘘のように暖かくなった。 「ねえ、倉川さん。明日もまた、私とこうして会ってくれる?」 「もちろんよ。当たり前じゃない。明日ね。絶対よ」 「ありがとう……倉川さん」  名前も知らない彼女が幸せに満ちた表情で去っていく。私はそんな彼女の背を見送り、教室のドアが閉められると同時に目を閉じた。明日の放課後までに彼女の名を知ろう。過酷な人生に耐えながら生きる彼女に敬意を払わなければいけない。  苦しんでいる人というのは、私が思っているよりもずっと身近に隠れているのだと思い知った。戸崎さんばかりを目で追って、周りを見ようとしていなかった自分がとても恥ずかしい。現に彼女は私の知らないところであんなにも苦しんでいたのだ。あの映画の女性のように。  こうして目を瞑れば先程の光景が鮮明に思い出される。おもむろに袖を捲り、私に差し出してきた彼女の華奢な腕。その前腕……いや、ちょうど肘の裏にあたる部位だろうか。私の視界に飛び込んできたのは、真っ白な肌に居座る火傷跡だった。  戸崎さんほど大きなものではなかったけど、やっぱり少し膨れ上がり、いびつな円形の痛々しい火傷跡。古いものであったように見えたから、戸崎さんみたいに幼少の頃負ったのかもしれない。  もう少し上まで捲ってくれればもっと良く見えたんだけど。明日もう一度見せてもらおう。全てを知って、そして全てを救ってあげるために。なんだか夢みたいだ。こんなにも立て続けに人を救える時が来るなんて。 「大丈夫。私がいるからね」  優しく呟く。彼女のことを思うとまた涙腺が緩んでしまい、私は目元を拭って立ち上がった。早く帰って明日に備えよう。  ああそういえば、カッターはどこへやったんだっけ。 ────────
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