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ケーキの匂い
「あれ? 今日は君ひとりかい?」
掃除の途中で国語科準備室にやってきた松下先生が、きょろきょろと部屋を見回した。最近不在が多かったから、久しぶりに会った気がする。
「あぁ、はい。廊下と室内とで担当を分けてるんで。自分の持ち場が終わったから教室に戻ったんだと思います」
「そうか」
ふむふむ、とうなずいた松下先生は、「君も毎日そんなに丁寧に拭かなくていいからね」と教師らしからぬことを言った。
川北くんとは、あれ以来しゃべっていない。もう一週間ほどだ。当たり前だろう、関わりたくないと言ったのだから。教室でもここでも、一切目が合わない。今日みたいに、廊下を掃いたらすぐにいなくなる。
正直、ほっとしている。川北くんといると、忘れたい昔のことを思い出してしまうから。
「将真……いない?」
掃除も終わって部屋を出ようとしたときだった。ぬっと入口から顔を出す男子生徒がいて、思わず「わっ!」とのけぞる。見ると、ひょろりと細長い男子生徒。川北くんよりは低いだろうけど、百七十五センチほどはありそうだ。長くて厚めの前髪のせいで、目が半分隠れている。クラスバッジの色が緑だから、同じ一年だけれど見たことのない顔だ。おとなしそうな雰囲気で、川北くんとは少しタイプが違うように見えた。
「掃除場所ここって聞いてたけど……」
「たぶん、もう教室だと思う」
速くなった動悸をおさえながらそう答えると、その男子は、
「どーも」
とだけ返して、猫背がちに階段へと向かっていった。
川北くんはクラスでも友達が多いみたいだけれど、クラスやタイプ問わず、いろんな人と仲がいいようだ。
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