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1 ただのクラスメイトだから
「佐瀬はさ、クラスの女子だったら誰がタイプ? 顔で選ぶ? それともおっぱい?」
佐瀬緋色は、前の席から下世話な顔でこちらを振り向く鈴木という男の質問に苦笑いを浮かべた。処世術として、この手の質問にはあやふやに流して答えないのが吉である。
「……えー? 考えたことないけど」
「嘘だろ、絶対あるよ。 健全な10代の男だったら、絶対!!」
緋色はますます苦笑いして、鈴木の椅子に軽く蹴りを入れた。
「俺はおまえみたいにそんな下世話なこと考えないの!!」
「かぁぁっ!! いい子ぶんなよ!! おまえ、性格まで“王子”かよ!!」
「……知らねーよ、んなの」
緋色は呆れ顔でもう一つ鈴木の椅子を蹴り上げた。
本当は充分知っている。自分が周りから“王子”と呼ばれチヤホヤされていること。
しかし緋色は、この学校内の女子とどうにかなりたいとは思ったことがなかった。彼女が欲しくないとかそういうことではなくて、この“狭い”学校内で深い人間関係を作るのを良しとしなかったのだ。
ただ、緋色は決してモテること自体は嫌ではなかった。むしろそれはステータスであり、箔になるとさえ思っていた。たくさんの人間に愛されることは、今後の良い糧になるのだから。
緋色の夢は、国民的な歌手になることだ。
壮大過ぎるゆえ、誰にもその夢の話はしていないけれど、絵空事ではなく緋色は本気だった。
その夢を叶えるためには、どんな小さな障害も躓く訳にはいかない。女性関係のトラブルなどもっての外であろうし、作詞作曲やギターの練習に時間を割く方がよっぽど有意義だと思った。
「なー、今度また合コンやろーぜ」
「やだよ」
「いいじゃん。佐瀬がいるとレベル高い女の子集まってくるし」
「やだよ、めんどい。何回か付き合いで行ったけど、ただのカラオケだろ?」
「頼むよ〜」
「断る。鈴木の女関係のイザコザに巻き込まれたくない」
「なんだよ〜!! 友達だろ〜」
――――トモダチ?
妙に爽やかな青春ワードが鈴木から飛び出したので、思わず乾いたような笑みを浮かべてしまう。
緋色は自身を“まあ、こんなものか”と胸の中で納得させる。心の底から信頼し合える友達と出会えるなど稀なことで、大概みんな学校内だけでも浅い会話で笑い合ってケンカせず一緒にいられればそれでいいのだ。孤立しないように群れる、それが友達。
「佐瀬もさ、生徒会長だからって真面目ぶってねぇで少しははっちゃけて人前で歌うくらいしようぜー」
茶色に染めた長めの髪を直すように撫でながら、鈴木は笑う。
「……そのうちな」
緋色もそれに合わせて笑った。
変な汗をかく。汗ばんで貼り付いてくるシャツが何とも気持ち悪かった。
緋色はまだ、誰にも夢を打ち明けていない。
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