致死量ドロップス

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「間違えちゃダメだよ」  二つの透明な容器を手渡しながら、麻生理津(あそうりつ)はかすかに笑った。 「ヅナはあわてん坊だから心配」 「大丈夫だよ」  僕は少しムッとして見返す。 「赤いドロップはウィルスの増殖を抑えるやつ、青いドロップは……その……」 「安楽死させるやつ」  言いよどんだ僕のゆるい覚悟を叱るように、理津はズバッと言った。 「ステージ3まで症状が進んでる人は手遅れだから、ためらわないで投与すること」  反論せずうなずくと、彼女は真剣な目で僕を見上げた。 「この赤いドロップは量産できない貴重なものなの。科学者でも医療関係者でもないあなたに託すのは酷だってわかってるけど、でも、ほかに手段がないから」 「任せろって。理津やモヤシみたいな医者より、僕みたいな大男のほうが襲われにくいしな」  無理やり口角を上げて笑って見せ、僕は軍用コートを羽織ってゴーグル付きのガスマスクを装着する。足元は安全靴、頭にはヘルメット。自前で用意してきた重装備だ。 「ヅナ、よく調達できたね。二メートル近い屈強な男がこんな格好してたら、たしかに襲うやつはいなさそう」  理津の表情がやわらいだのを見て、なんとなくホッとした。  ドロップの容器はコートの下のボディバッグにしまってある。量が限られているせいでゲリラ的な活動しか出来ないが、そのうち僕がしていることを聞きつけ、これを奪おうとする輩が出てくるかもしれない。 「気を付けて」 「理津も、しっかり戸締りしてろよな」  二つの扉を抜けて外へ出た。背後でガチリと重い音がして厳重なロックがかけられる。 「大谷綱吉(おおたにつなよし)、いざ出陣! ってか」  独り言を言い、僕は荒廃した街へ向かって歩き出した。
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