1話

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***  迷路のように入り組んだ貧民区の薄暗い裏路地を、ラナ・クロアはうつむきがちに足早で歩いていた。 外套(がいとう)についた大きなフードを目深にかぶり、背中を丸めた格好で。 何かに追われているわけではない。 ただ、実家の周囲を歩く時はいつだってこうだ。 自分の顔も髪も、すべて覆い隠して足早に移動する。 …せっかく伯爵家の使用人になれたのに、なんで久しぶりの里帰りでこんなに人目を気にしなきゃならないわけ? 胸を張って堂々と歩けばいい。 そう、堂々と… そんな勇気も、さっきまではあったのだ。  しかし、郷里に一歩踏み込んだとたん、その思いは見事に霧消(むしょう)し、ラナはあっさりと昔の自分へ逆戻りする。 自らの存在を消し去るように、体を縮こまらせて歩く少女に。 悲しいことに、習い性はそう簡単には消えたりしない。  前方に男の二人連れが見えた。 見知らぬ男達だが、ラナは殊更(ことさら)深くうつむき、そそくさと二人の横を通り抜けようとする。 だが、他人の目を頑なに避けようとするその姿が逆に視線を引き寄せるらしい。  男の一人が不躾にラナの横顔を覗き込んだ。 彼女はとっさに顔を背けるが…遅かった。  ラナを親指で示しながら、男は連れに耳打ちする。 「見ろよ、葬儀屋クロアの娘だ」 嘲りを含んだ短い笑い声。 ラナはきゅっと唇を噛み、身構える。 「“死神の娘”のお帰りだ!」 「そりゃ大変だ、人が死ぬぞ!」 もう…うるさいわね、ほっといてよ。 心の中で毒づきつつ、彼女は男達を振り切るように駆け出す。 こんな奴ら、相手にするだけ時間の無駄だ。 何よりももう、こういった理不尽な中傷には慣れきっている。  いつだって外を歩けば、こんな風に心無い言葉を浴びせられた。 だからこの手のヤジに今さら傷つくこともない。 もっとひどい時は面白半分に石を投げつけられる。 それに比べたら今日はかなりマシだ。  なぜ自分がこんな扱いを受けるのか、ラナは充分に理解していた。 そして今後、これ以外の扱いなど自分には望めないということも悟っている。 まったく…生家が葬儀屋だとろくなことがない。  ラナの家は代々、葬儀屋で生計を立ててきた。 いや、生計を立てるなんて言葉すら仰々しい。 死人を葬って日々の飢えをしのいでいる、という方がふさわしいくらいだ。  貧民区の片隅に小さな家を構えてはいるものの、その日の食事に困ることさえある始末だ。 なぜなら、誰かが死ななければ仕事はないのだから。  ラナはそんな家業が大嫌いだった。 たとえ貧乏だろうと、周囲から感謝される仕事ならまだ救いがある。 だが、返ってくるのは感謝どころか、さっきのような言葉ばかりだ。
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