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“死神の娘”という不名誉なあだ名を付けられ、嘲笑と心無い言葉を浴びせられ、“死神一家”と面白おかしくささやかれる。
誰かの家で人が死ねば“やぁ、これはクロア家の為せる業だ”と、さもラナの家が人を殺しているかのように吹聴して回る。
周囲の蔑みはもう変わらないものとあきらめているが、だからといってラナ自身、家業に好意的なわけでも理解があるわけでもない。
よって、それを継ぐ気など更々なかった。
死神さながらの黒衣をまとい、わずかな対価と引き換えに死者を墓に送り続ける―…そんな人生だけは送りたくない。
それが本音だ。
だからこそラナは、貴族の屋敷の使用人として働くことを選んだのだ。
休みは滅多にないが給金は悪くなく、その肩書きも葬儀屋なんかとは比べ物にならないほど響きがいい。
しかもラナが身を置いているのは、名家と名高いフェルン伯爵の屋敷だ。
隣近所の貧乏人にいかに揶揄されようと、その事実はラナの小さな優越感であり、誇りだった。
貧民区独特の、鼻をつくすえた匂いに顔をゆがめながら、ラナは生家の前に立つ。
まったく…我が家ときたら、いつ見ても吹けば飛びそうなほどみすぼらしい。
こと、豪奢な貴族屋敷で働いているラナからすると、いっそ苛立たしいほどみじめな家だった。
こんな汚い場所に休みの度に戻ってくるのは、間違っても家族に会いたいとか、実家が恋しいなどという思いからではない。
帰省するのには理由があった。
でなければ、休みの間は屋敷に留まり、メイド仲間と過ごす方を選ぶ。
ラナは生家の扉を押した。
今にも壊れそうな小さな家、満足に身を飾る余裕もない家族、金が無いせいで調度品もほとんど見当たらない部屋…すべて見慣れた光景だ。
お屋敷からここに帰ってくると、いつも夢から覚めたような気持ちになる。
しかし、ここがラナの生まれた家だ。
そして、ラナの身分を決定づけた場所である。
みすぼらしい実家を見る度に彼女は固く決意する。
自分は決してこんな生活はしない。
一生貧乏暮らしなんて絶対にごめんだ、と。
ラナがメイドを志したのも、自分の将来を思えばこそだった。
こんな人生を逆転させるには、葬儀屋よりもまともな職の男と結婚するしか道はない。
それに貴族の屋敷で働いていれば、もしかしてもしかすると…貴族と恋に落ちる可能性だってあるかもしれない。
事実、使用人と貴族の身分違いの恋愛話は、いくら噂をしても尽きないほど枚挙にいとまがなかった。
そんな華々しい未来は、貧民区の葬儀屋では決して手に入らないものだ。
理由はかなり不純だが、そこに救いを求めずにはいられないほど、ラナは自分の身分や人生そのものを嫌悪し、それらに辟易していた。
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