12話

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 二人の間に沈黙が落ちた。 放心した顔でティーカップの水面を見つめていたジェインが、ぽつりと漏らす。 「まさか、ネイヴ様が招待状を…お父上のダンネ様が知ったら、さぞお嘆きになるでしょうに…」 彼女は、やるせない表情で嘆息した。 「ネイヴ様はお若い頃に、ご両親とお姉様二人を事故で亡くされているんです」 「事故…?」 「ええ。もう、だいぶ昔の話になりますが…一家でのご旅行の道中に、馬車が崖から転落するという痛ましい事故が起きたのです」  当時のことを思い返しているのだろう、ジェインはこめかみをおさえた。 「あの日は確か…大雨で視界が悪く、また、道も普段より滑りやすくなっていたと聞いています。しかも現場は、事故の名所として知られていました。本当に…悪条件が重なった結果の不幸としか言いようがありません。ご旅行に出られたのは、ダンネ様と奥様、そしてお嬢様二人…テセラ様とエレア様です。ネイヴ様は確かその時、お風邪を引いていたんだったかしら…旅行には同行しませんでした。ヴェリカ様も…体調が優れず、お屋敷に残ったのです。お二人とも、とても残念がっていらしたのですが…」 束の間、彼女は口を閉ざした。 「坊ちゃんとお嬢様が残されたことだけが不幸中の幸いでした。けれど…安堵したのも束の間、ヴェリカ様はそれから間もなくご病気が悪化して亡くなり、坊ちゃんだけが一人残されました」  重たげな息を吐くと、ジェインはロシュアと目を合わせた。 「私は…今でもネイヴ様が不憫でなりません。若くしてご家族を失い、その後、当主に就かれてからも様々なご苦労をなさって、どれだけ大変だったか…家を潰さなかっただけでもご立派ですわ。それでも、あの家の方々は、かつての栄華と現在の状況の板挟みによって喘いでいらっしゃいます。ですので、どうか…坊ちゃんの事情も推し量って頂ければ…身勝手なお願いだと承知していますが…」  そう懇願するジェインは、まるでネイヴの母か姉のようだった。 主従関係が無くなった今でも、主一家への彼女の想いの深さは変わらず存在するのだろう。  その後、ロシュアが(いとま)を告げて、突然の訪問と長居を詫びると、ジェインは朗らかに笑って首を振った。 「私も久しぶりに昔の話をじっくり聞いてくださる方が現れてよかったですわ。昔語りは娘や孫達にはうんざりされていますもの」 椅子のひじ掛けをさすりながら、おどけるように肩をすくめてみせる。 「…こうして改めて思い返してみると、ずいぶん色々なことがありましたね。昔はよかったなどとよく思ってしまいますけれど、輝かしいことばかりではありませんでした。特にあの時代は…」 刹那、彼女の頭を思い出がよぎったのか、言葉が途切れた。 「…といっても、いつの時代もそうですが、幸せばかりの時というのはありませんね」 そう呟くと、ジェインは寂しそうに笑みを浮かべた。 「―…ウォーレンルース家の後継者が現れ、当家が再興したことを改めて祝福いたします。()の家とレイディル様の家とにおける絆と繁栄が、末永く続くことを祈っております」  ロシュアは礼を言いながら内心、苦笑する。 横暴な当主で困り果てていると愚痴を言えたらどんなにいいかと思って。
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