12話

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***  真夜中、ロシュアは紳士録を手に、北の執務室の扉を叩いた。 エルクが帰ってきたことを執事のジオランから聞いたため、メネスカル家を訪問しての進捗(しんちょく)を報告することにしたのだ。  時刻はすでに日付が変わっているが、こんな時間にわざわざ部屋を訪ねなければ会えないのだから仕方がない。 新当主となってからのエルクは他家との付き合いに追い回されていて、ほとんど屋敷にはいないのだ。  執務室の扉を開けると、部屋の奥で執務机に向かうエルクと目が合った。 入ってきたのがロシュアだと分かると、彼はさっさと机上の書類に顔を戻した。 そして極めて素っ気なく用件を尋ねてくる。  先日の祝宴では、別人かと見紛うほどの社交性を発揮していたというのに、日常では石のように無口で心を閉ざしているのだから、困ったものだ。  そんな彼の性質故に、同じ屋敷に住んでいながら、未だ距離はほとんど縮まっていない。 貧民区出身の使用人解雇問題の一件で平行線をたどったことも、彼との距離が埋まらない一因だろう。  屋敷内で行き交えば挨拶程度はするものの、会話はほとんど必要最低限だけだ。 更に、めったに顔を合わせないすれ違い生活が、その状況に拍車をかけていた。  向こうがロシュアを黙殺するので、仕方なく自ら話を切り出した。 「まだお休みにならないのでしたら、少し話に付き合っていただいても?」  そう言いながら返事を聞く前に、ロシュアはさっさとソファに腰かけた。 一方的に居座り宣言をしたからか、それとも単に用件が短くないと察したせいか、エルクは執務机から眉をひそめてこちらを見ている。  しかし、いちいち彼の顔色を(うかが)うのも馬鹿馬鹿しいので、その反応に気づかぬふりをしてロシュアは話を始めた。 「時間も遅いので単刀直入にお聞きしますが…あなたはヴェリカ・メネスカルという女性をご存知でしょうか?」 「それはこの間、あの葬儀屋のガキが騙った名だろう」 「ええ。ですがそれだけではありません。メネスカル家にはヴェリカという名の女性が実在していました。彼女はあなたと同じ時代に生まれたメネスカル家のご息女です」  エルクはペンを走らせていた手を止めると、ロシュアに(いぶか)し気な目を向ける。 「当時のメネスカル家にそんな人間はいない」 「いいえ、いました」  ロシュアは彼の執務机に歩み寄ると、紳士録を開いて見せた。 しばしの間、無言でメネスカル家のページを見つめていたエルクが眉根を寄せる。 「…記憶にない」 「年齢はあなたより少し上の女性で、もともと体が弱く、若くしてご病気で亡くなられたそうです」 「だが、俺は面識はない。あの家の娘といえば、さして器量よしでもないのが二人だったはずだ。名前は確か…テセラとエレアだ。それから末に長男の…ネイヴ、だったか」 「その通りです。ですが彼らは四人姉弟ですよ」 「四人…?」 「ええ。姉弟構成は上から順に、テセラ、ヴェリカ、エレア、ネイヴです」
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