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「ねえ、あたし昨日ちゃんと言ったよね、用事があるから日直替わってって」
朝のHRが始まる前に、怒りを露に彼女は私に詰め寄って言った。
私の名前は白石悠衣(ゆい)。高校2年生。容姿は人並み、成績も運動も普通の典型的な平凡な女子高生だ。
声をかけてきた彼女は派手系のクラスメイトで私のちょっと苦手なタイプだった。
「……き、聞いたけど。昨日、無理だって答えようと……」
したけど聞いてくれなかったじゃない、と言おうとするが、血相を変えた彼女に声が出なくなる。
「はあ? あんた、何言ってんの。そういうのって無責任じゃない」
隣で彼女の友達も同調して私を非難する。
「でも……」
一言も替わるなんて約束してないし、日直をさぼったのは彼女で、私が怒られる筋合いなんて、どこにもない。
それに彼女の用事って言うのも、放課後に二人で男子達とカラオケに行くことだって、私知ってるんだよ。
「おかげで、あたし今朝、彦麻呂(担任のあだ名)に怒られたんだからね」
「うわっ、最悪」
そんなの自業自得だ。
「何、平然としてんのよ。馬鹿なんじゃない。ちょっとは謝ったらどうなの!」
「そうそう、謝るの当然っしょ」
何で私が謝らなきゃならないの、そう心では思ったけど口から出た言葉は反対だった。
「ごめん、私が悪かったよ。あとで担任にちゃんと訳を話しとくから」
私が謝罪すると彼女は、わずかばかり溜飲を下げたようだ。
「当たり前だろ、そんなの。必ずそうしとけよ」
「ホント、使えねえヤツ」
そう言うと二人は馬鹿笑いしながら、席に戻って行った。
何時(いつ)からだろう?
私が自分の思ったことや言いたいことが素直に表現できなくなったのは……。
子供の頃は言いたいことを言い、我がままだった記憶がある。けど、自分の意見を言って、他人から嫌われたり責任を負わされたりするのが怖くて、黙り込むようになった。私が多少我慢することで物事や集団が上手くいくなら、それで構わないと何時からか、そう思うようになっていたのだ。
そのせいで、さっきのように他人から言いように使われることも度々あり、正直情けないと思う。
反面、どうすることも出来ないと諦めの境地だった。
「悠衣ちゃん、大丈夫?」
吊るし上げられていた私を心配して声をかけてきたのは同じクラスの秋本陽菜(ひな)。アニメ・漫画好きなオタク系の女子だ。
言い方悪いが、スクールカースト的には私より下位の存在と言っていい。
私もアニメや漫画が嫌いな方じゃないけど、そっち側に行くのには、やはり抵抗を感じる。
そんな私が彼女とこうして友達でいるのは、隠し事なしに言えば、自分の優位を実感して安心したいからだ。
容姿も成績も何かも私は彼女より勝っている。その事実が私を彼女の友達たらしめていると言っても過言ではなかった。
「大丈夫だよ、あのぐらい」
私は何でもないような顔をしながら不機嫌だった。
陽菜に同情されるなんて真っ平だったからだ。
「それより陽菜。最近、良いことあった? 何か明るくなったんじゃない?」
確かに最近の陽菜はとても元気だ。調子に乗っているようにさえ見える。
「え? そう思う?」
えへへ、と笑う彼女にイラッとする。
「言おうかな、どうしようかな」
「じゃ、別にいい」
私がそっけなく言うと陽菜は慌てて謝る。
「ご、ごめん、悠衣ちゃん。言うよ、言うから聞いて……」
どうせ、お気に入りのアニメキャラのグッズが手に入ったとでも言うのだろうと、高をくくっていた私に陽菜の返答は予想外のものだった。
「あたしね、『悪魔姫ルミルカ』ちゃんの信者なの」
はあ? 何言ってんだ、こいつ。
意味不明な返答に怒るより呆れてしまう。
どうせ新作アニメの推しキャラのファンとでも言いたいのだろうか。
「すっごく可愛いし、動画もためになるんだよ。悠衣ちゃんも見ればわかるから」
どうやら、アニメキャラではなさそうだ。
陽菜の拙い説明を整理すると『悪魔姫ルミルカ』というのは動画配信サイト『アイチューブ』で活躍する『バーチャル・アイチューバー』なのだそうだ。その熱心なファンを『ルミルカ信者』と言うらしい。
「ふ~ん、そうなんだ。時間があったら見てみるよ」
私は興味なさげに言い、その話題を打ち切った。
本当はかなり気になったのだけど、陽菜の思惑に乗るのが気に入らなかったのだ。
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