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「おやすみ、ケン」
「おやすみ、エヴァン。気をつけて来てね」
「ああ、明日はよろしく頼むよ」
エヴァンとの通話を終えた謙吾は、スマホを机の上に置いた。ワクワクしている自分に気づいて、口元を緩める。
「あー、明日何着よう」
一人暮らしの部屋で呟いて、クローゼットを開けた。
明日は顔を知らない友達と会う。
エヴァンというその人は、謙吾よりも一つ年上だった。日本語を流暢に話す声は柔らかな印象だ。
エヴァンと知り合ったのは従兄弟との電話がきっかけだった。
海外に留学している従兄弟に電話をかけたら、「いま君の従兄弟は手が離せなくて」と代わりに出たのがエヴァンで、その日から連絡を取り合っている。
時差があるため毎日とはいかないが、時間が合えば電話で話していた。
「服を決めて、あと時間と場所と飲食店をもう一度チェックして……」
やることを数えながらも、遠い場所にいる友人に会えることが嬉しくて、そわそわと落ち着かなかった。
「ケン?」
待ち合わせ場所で待っていると、前に人が立った。スマホから目を上げた先に、サングラスをしている男性がいた。
その人は身長が高く、身体は鍛えられているのが上質そうな服の上からでもわかった。ブロンドの髪が風に揺れる。
「エヴァン?」
サングラスを外さなくてもイケメンなのがわかって動揺する。こんなにも格好良いとは思っていなくて、近くにいると照れてしまうほどだった。
「良かった、会えた。エヴァンだ、よろしく」
エヴァンがゆっくりサングラスを外した。微笑む顔は爽やかなのに、男としての色気が滲んでいる。
顔を見た謙吾は、目を見開いてたじろぐ。
「エヴァンって、あのエヴァン……?」
目の前にいる男は、世界的に有名な俳優にそっくりだった。
「俺を知っているのか?」
「知ってるよ。あの映画とか、すごく好きだ」
エヴァンが主演を務めた映画の名を口にすると、彼は嬉しそうに目を細めた。
間近で見るその端正な顔と、母国語のように日本語を流暢に話す彼に、自分が夢の中にいるような気分になる。
謙吾はそこで、改めて自分が今、超大物俳優と話していることを実感して、あたりを見回した。どうやら誰も気がついていないようだが、エヴァンは立っているだけでも目立つ。気がつかれるのも時間の問題だった。
「あの、とりあえず移動……しませんか? ここだと目立つんで……」
何度も電話して仲良くなっているとはいえ、あのエヴァンが目の前にいると緊張して、つい敬語になる。
「そうだな」
「あ、でも電車も目立つか……タクシーがいいかな」
予定を練り直しながらぶつぶつ呟く謙吾に、自分よりも高いところから声が落ちる。
「ケン」
「はい?」
「敬語はやめてくれないか? 普通の友人として接して欲しいんだ」
綺麗な瞳が真っ直ぐこちらを向いていて、引き込まれる。
優しく微笑む顔は、何度も映画やニュースで見たものだった。
「ごめん……そうだよね。まさかエヴァンがあのエヴァンだとは思ってなくて、緊張した」
息を軽く吐いて、はにかむように笑う謙吾に、エヴァンが目をしばたたかせる。
謙吾はその様子に首を傾げた。
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