追い風と、向かい風

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追い風と、向かい風

そのあとも、島崎さんのクラスの前を通るときに、彼女を探していた。やはり変わらずに5、6人のグループの真ん中に居て、なにやら華やかな雰囲気で談笑していた・・・談笑・・・彼女にしか似合わない言葉のように思うなー。 あたしらが話している状況は、ダベリってやつにしか見えないよね。相変わらず島崎さんはあたしと目が合うと、ふいっと横を向いてしまうんだけどね。 ある日のお昼休み、しーちゃんに、部活のことで用事があって、1Bの教室に行かなくてはいけなかった。違うクラスに入るのは、ちょっと勇気がいる・・・あたしは、たっちぃにお願いして、一緒に行ってもらうことにした。 「たっちぃ、ちょっとしーちゃんに用事があるんだけど・・・」 「うん?そう。行ってくれば?となり」 「あ、いや、ちょっと一人じゃ行きづらくて。一緒に行ってもらえないかなぁ」 「うん、いいよぉ」 「ありがと」 「みーって、案外ヘタレだよね、そういうとこ」 「うーん、そうなのかなあ。でもそうなのかもしれない」 「見た目サバサバ系なのに、中身は純情乙女入ってるよね」 「その言われ方は恥ずかしい・・・」 「あはは、冗談よ。さ、行こ?」 そう言って、ふたりで1Bの教室へ行った。 教室の後ろの入り口からそぉっと覗き込んでみた。 近くでお弁当を食べ終わって、片づけをしている娘に、声をかけた。 「あのー、しーちゃ・・・橘さん、いる?」 「あ、はい、橘さんなら・・・きゃ・・・えっと、はい・・・」 私の顔を見るなり、あわてて教室の前の方でほかの娘と話ししているしーちゃんに小走りで近寄って行って 「橘さーん、水の君・・・水川さんが・・・」 すると、何人かの娘がこっちを振り返ってざわざわし始めた。すると、ちょうど入り口からまっすぐ奥に固まっていたグループが一斉にこちらを向いた。その中に島崎さんがいたので、あたしは、かるく手をあげてあいさつをした。 「あ、島崎さん、こないだはども」 「いいえ、こちらこそ」 華やいだ笑顔でにっこり笑って(こないだはそんな笑顔しなかったし。その前の部活に来たときなんか、すっごい睨んでたしー)会釈をしてきた。 すると、取り巻きと思われる娘たちが一斉にあたしと島崎さんを交互に見つめ、きゃーっという黄色い声をあげていた。振り返ると、たっちぃが笑いをかみ殺しているところだった。 しーちゃんがとことことあたしのところにやってきた。 「みー、どしたの?」 「ああ、部活でさ、こんどタスキ使うじゃない?各クラスの運動会で使うタスキが色別でそれぞれ何枚あるか、今日確認して来てくださいって、先輩から伝言」 「ああ、わかった。ほかのクラスは?」 「1Aと1Dはほかの娘が連絡してる」 「じゃあ、1Bの分だけでいいんだね?」 「そうらしい」 「了解しますたー」 そういってしーちゃんはおどけて敬礼した。 「あははは、しーちゃん、子供かぁ?」 そう言ってしーちゃんの頭をポンポンした。そのとたんに、一部からまたきゃーっという黄色い声が上がった。 あたしはたっちぃの方に向き直って聞いてみた。 「ねぇ、あれ、何?」 たっちぃは目の端に涙をためながら(そこまで笑うことないじゃん) 「っふふっ・・ファンクラブかなんかじゃないのぉ・・・?」 「知らないよぉ」 すると、島崎さんがすっと立ってこっちにやってきた。取り巻きが後ろからぞろぞろやってきた。 「水川さん、用がすんだらご自分の教室にもどってくださいね?」 「あ、ああ。島崎さんって、風紀委員か何かなの?」 「クラス委員なの。ほら、一応規則では他のクラスへの出入りは、特別な用事が無い限り原則禁止ってなってるでしょ?」 「え?そうなの?初めて知った」 「あなたって人は・・・ちょっと良いかしら?」そう言ってあたしを教室の外に一緒に出るように促した。 すると、後ろにいた取り巻きが、「島崎さん、どちらへ?」とか「一緒に行きますわ」とか、なにやらざわざわし始めた。島崎さんは 「皆さん、私はちょっと水川さんと二人きりで話しがあるの」 きっぱりと言った。 あたしとたっちぃはあっけにとられた。ほかの娘たちはすごすごとさっき居たあたりに戻って行った。 島崎さんはあたしの制服の袖をつかんでお手洗いの方に引っ張って行った。たっちぃも付いてきてくれなかった。お手洗いと階段の踊り場の間で止まって、こっちに向き直った。 「水川さん!」 「は、はい・・・」 「こないだ言いましたよね?うちのクラスに貴女のファンがいるって。不用意に入ってこないでくださいね?」 「え、いや、だって・・・」 「あなた、ご自分の人気がどれほどか分かってないでしょう?」 そう言ってずいっと顔を近づけて来た。甘い匂いがした。つい後ろにのけぞってしまったら、壁だった。逃げ場を失って、とにかくまっすぐに聞くしかなくなった。 「あなたが入ってくると、さっきみたいにファンの娘たちが落ち着かなくなるんです。だから、出来るだけ入ってこないように!これからは、来る必要があったら、私に連絡入れてください。来ても大丈夫なタイミングをお知らせしますから」 島崎さんは、そう言ってあたしに向かって手を出した。 「あ、な、なに?」 「スマホ出してください。私の連絡先、登録しますから」 「あ、いや、実は今日、スマホ家に忘れた・・・だからクラスに行ったの」 「あなたって人は・・・」 あきれた、という仕草をして、彼女は例のポーチからペンとメモを出して、手早く何かを書き込んであたしに渡した。 「はい。私のSNSのIDです。家に帰ったら登録して、私にメッセージ入れてください。こちらでも登録しますから」 「は・・・はい」 「じゃあ、そういうことで!」 そうして彼女はくるっと向きを変えてすたすたと歩いて行ってしまった。向きを変えた時に、彼女の長いさらさらの髪があたしの肩口を撫でて行ってあごの下をくすぐった。甘い、やわらかないい匂いがした。と同時に、あたしの心の中は、はてなでいっぱいになった。 あたしの頭の中にはSHOW―YAの「私は嵐」が響いていた・・・
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