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大工になりたい
六つであがった手習所では、三人の親が話し合った末、吉太は『商売往来』を修めることとなった。
手習い所では、手習い子たちは各々に即した早さで、それぞれの課題を進めて行く。ある程度進むと、師匠によって習熟度を試される「上げ」を行う。この「上げ」に合格すると次に進める。吉太は、順調にそれを「上げ」ていった。
この「上げ」の集大成が、年に一、二度、主に春と秋に催される「大浚え」となり、その日は、手習所の戸板を全て外し、親や近所にそれまでの習熟度をお披露目する。
吉太の通う手習い所は年に一度、秋に行った。
吉太は勿論この「大浚え」でも、師匠から出された課題を立派に披露し、佐吉を大いに喜ばせた。
初めて迎えた大浚えの日の事、吉太が師匠の問いに答える度に
「吉太!凄いぞ!えらいぞ!江戸一、日の本一だ!」
佐吉の声がかかった。
周りの親達も我が子が一番だと思ってはいるのだが、こうも大声で明け透けに我が子を褒める佐吉に苦笑いをしている。
れん太も、惣兵衛も、吉太と太郎を見に来た長屋の面々も、そんな佐吉を止めるでも無く、いや、止められないと承知で、うっちゃっておき、こちらはこちらで静かに盛り上がりを見せていた。
声援を受ける方の吉太も又、恥ずかしがるでもなく、全て答え終わると、皆んなの方に向き直り、笑顔を向け頭を下げて見せた。
佐吉の喜びようはなかった。隣に立つ人に向かって、
「あれ、あれ、吉太、俺の息子なんだよ、なんて立派に・・・ううっ」
ついに声を詰まらせ咽び泣いていた。
問答の番が終わり、今度は清書の為にと席に着き墨を磨っていると、友達が
「きっちゃんのととさん、すげえな」と呟く。
「うん!ありがとう、ととさんすげえんだよ」
別に褒められてはいないのだが、そう礼を返す。
「いや、あの褒め方」
「あ、うん、だね、ととさんはいつもおいらを褒めてくれるんだ、でも、おいらてめぇが凄いんだって勘違いしねえように、てめぇで気をつけてる」
弾む声で吉太は答えた。
佐吉の親ばかぶりは今日に限った事ではないのだと、斜め前に座る太郎が振り返り説明していた。
そんな大浚えも三年目、佐吉も漸く落ち着いて・・・見れるわけもなく今年も大騒ぎの内、昼八つ(午後二時)散会となった。
大浚えが終わった後は毎年伊勢屋で食事会となる。
その最中、吉太は、三人の親を前に言った。
「おいら、ととさんみたいな大工になりたい」
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