弔いの火柱

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 二人の間に訪れる沈黙。  そこから黙々と歩く事、およそ五分。  先に静寂を切り裂いたのは成山の方だった。 「ここよ」  そう言って、成山は錆びついた扉を強引に開けた。 「……ッ!?」  いつその場で吐いてもおかしくない、それくらい室内は肢体と血肉で埋め尽くされていた。まるでこの世のものとは思えないほど残虐非道を具現化したような部屋に悲壮というより憤怒が込み上げてくる。 「進むよ」  一歩進む度にぴちゃぴちゃと音が鳴る。しかし同じ場所を歩いているはずの彼女からは音が鳴らない。これも技術の一つなのだと直感で理解した。 「あ」  血脂で滑らないように歩いていると傍らで比較的原形を留めた屍体を見つけた。つい最近、犠牲になった風俗嬢とはおそらくこの女だろう。死ぬ間際まで恐怖に満ち満ちた顔を浮かべている。  やがて成山は歩を止めた。 「火葬する」 「屋敷ごと燃やす?」 「いちいち運んでいくわけにはいかないでしょ。不満?」 「いいえ」倫花は首を緩く振った。「悪くない案だと思う」  そうして成山はマッチを取り出し火を灯し、まるで花を添えるように置いた。  燃え広がる前に二人は来た道を引き返す。途中、何十人という数の従者の躯が転がっていたが無視して屋敷を出た。  丘の頂上にそびえる巨大な火柱は、まるで屋敷の連中を奈落へ誘う業火のように。そしてモクモクと空に伸びる黒煙は、さながら犠牲になった女達を天に誘う階段と言ったところだろうか。  そんなロマンスとは大きくかけ離れた光景を漠然と眺めていた倫花の肩を成山は軽く叩いた。 「私は行くよ。暗躍の技術は稚拙だけどその復讐心が本物なら組織に推薦してあげる」  倫花は何も言わなかった。その答えに彼女がどう思ったのかは定かではないが、背を向けて去ろうとする。 「待って」  その小さな背中を倫花は止めた。 「ねぇ。最後に一つ聞きたいんだけど」 「なに?」 「〝淫獣を乱れ穿つ漆錐嘴(しつきりはし)〟って実在するの?」  その問いに成山はフッと口に弧を描かせた。自分の知らない真実を彼女は知っている――そんな表情。 「……さぁね。私達の仲間になったら洗いざらい吐いてあげる」 「ま、嫌でも知る羽目になるとは思うけど」という呟きを倫花は聞き逃さなかった。耳の良さを知っているうえで、わざと聴き取らせたかったという可能性も否めない。  曖昧かつ含みのある言葉を言い残し、成山は宵闇に姿を消した――……。  十九年の月日を過ごした都市はすでに堕落しているようだ。  強姦魔の愚行を止める事ができても時間の流れまでは止める事ができない。  もしも彼女の体験が現実のものとなる時、倫花の知る街は其処にない。  性的暴行事件は加速度的に増加していくだろう。 ――それがどうした  倫花は口角を歪ませた。  やるべきことは今までと何一つ変わらないではないか。  性的暴行という概念を消すため、そして想い人を自殺に追いやった奴らへの復讐を果たすため、強姦魔の駆除を続ければ良いだけ。  方針を明確に決意を改めた倫花の真っ白な髪を凍てついた風が吹き抜ける。片眼の潰れた趣味の悪い仮面を外して吐き捨てるように言った。 「あぁ……相変わらず気持ちの悪い風ね」
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