小望月

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 生温い風が頬を撫でる。九月に入ってからもまだ熱帯夜は続くようだ。僕はいつものようにバス停のベンチに座る。この辺りには大きなビルは少なく、高くても5階まで。星は一等星がかろうじて見える程度だ。その一等星も、今夜は眩い月光によって霞んでいる。 「月が綺麗だね」  いつのまにか隣に座っていたのか隣から話しかけられた。僕は何を言えばいいか分からず、戸惑いの表情を浮かべる。すると慌てて、「漱石が言っていたような意味じゃないからね」と補足された。僕はただ単純に月についての感想だと思っていたので、何も言わない。 そんな僕に隣からまた話しかけられる。どうしてこんな僕に話しかけ続けるのだろうか。つくづく不思議である。 「月って、自分では光輝くことができないんだよね。太陽に照らされてやっと輝くことができる。そして、輝きの裏には、漆黒の闇がある」  声の主は声のトーンを落とし、月を眺める。空の月はほぼまん丸だが、満月の一日前。どう頑張っても見えないが、ほんの少しだけ、照らされていない部分もこちらを覗いているはず。 「でもやっぱり、諦めきれないな。どんなに挫けそうでも、あの世界に行きたい。そして、周囲を温かく照らせる人間に」  すると、バスの近く音が聞こえてきた。そして、そのバスは僕たちの目の前に止まり、扉が開く。 「じゃあ、またね。クロ」  僕に手を振りながら、バス入り口のステップを上っていく。それに僕は「ミャーオ」と鳴いて応える。  バスの扉が閉まり、発車する。そのバスの車窓に見えるあの人を目で追い、バスが見えなくなると、僕はそのままバス停のベンチで眠りにつく。
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