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エールフランス四四七便。
二〇〇九年六月一日以来、この寝室に朝は来ない。
旅先のブラジルから実家へと向かう途中、経験の浅い副操縦士の人為ミスで失速した機体は、大西洋に叩きつけられた。
彼の体はまだ還ってこない。
まだ、なのだ。
ブラジル軍が乗客の遺体を回収し始めたころ、彼より先に一通のエアメールが私の手に届いた。
私への愛の言葉と、里帰りも兼ねてパリに住む両親に結婚の許しを得てくる旨、そして、なぜか彼自身の寝顔の写真がA四のコピー紙にでかでかと印刷されて、封筒に詰まっていた。
彼がどうしてその写真を送ってきたのかはわからない。
背景からして、このベッドで撮影したもののようだ。
寝ているときのRは無邪気で幸せそうだから好きだ、と言ったのを覚えていたのかもしれない。
離れていても夢の中では一緒だよ、なんて気障な考えだったりするのかも。
けれど、私はこう思うのだ。
彼は今、どこかで寝ている。
私の知らないどこか、例えば月の欠けたところみたいにとんでもない場所で、なかなか明けぬ夜を過ごしている。
そこで味わう眠りは穏やかで、柔らかで、世の中の苦しみなんか全て手放しきることができるのだ。
だから帰れない。
居心地が良すぎて、彼はきっと帰る気が起きない。
その楽園の長い長い夜の中で、Rは私に手紙を書いた。
楽しくやってますと言う代わりに、穏やかな寝顔を添えて。
私が彼を迎えに、彼のもとまで行ってしまわないように。
私はそう思う――そう思おう、としている。
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