常夜のレターボックス

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***  変な夢を見た。  王子様のキスで目覚めたお姫さまが、金髪をなびかせて私に襲い掛かる夢だった。 彼女は私の上に飛び乗ると、むんずと左腕を掴み上げる。 ソフトタッチで腕をくすぐる姫のあごには、うっすらヒゲが生えていた。  今日も私は、日の昇らぬ部屋で朝を迎える。 リビングに行き、粛々と二人分の食事を作った。 耳鳴りがしそうなほど静かな朝食を終えて、いつものようにリビングでスーツに着替えようとパジャマを脱ぐ。  そのとき、唐突に夢の謎が解けた。 「あ、これ」  私の左腕に書かれた、驚くほどへたくそな『バーカ』の字。 無遠慮にも、私が書いたものの三倍はある。 見覚えのあるメタリックブラウンだったので、クレンジングオイルをぶっかけたら溶け消えた。  寝室に戻り、闇の中に横たわる彼を見下ろす。 無垢で穏やかで、世の中の苦しみなんか全て手放しきったような顔。 宴に招かれなかった魔女のように目を吊り上げた私とは正反対だ。 同い年だったはずなのに、肌も私より若々しい。 「そーいえば、あのお姫さまもこんなんだったのかな」  十三番目の魔女に呪われて、永い眠りに落ちた姫。 百年後まで美肌をキープできるなら、ちょっと呪われてみたい気もする。 どうせ私の王子さまは、いつまでたっても寝てるんだし。 「ってか、死んでるのと変わらないじゃん」  やっぱり彼は奇跡的に腐らない死体なのかもしれない。 いっそこのまま埋葬してあげようか。 「でも、その前に」  私はベッドに腰を下ろした。 リキッドアイライナーで、アイラインを引くより早くメッセージを書き込む。 『享年二十六歳』
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