常夜のレターボックス

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『バーカ』。  リキッドアイライナーで、布団から出ている彼の右腕に殴り書いた。 メタリックなブラウンで書かれたヘナヘナの文字が、より一層バカっぽい。  平日の朝にも関わらずRが起きないのは、三交代の夕勤明けだからだ。 ようやく日勤かと思えば、今度は私の残業が入る。 やっと迎えた休日は、疲れたからと丸一日寝潰された。 同棲して家事をして、得られるのは寝顔ばかり。 「眠り姫かっつーの」  ここ最近、Rの動く姿を確認していない。 彼が奇跡的に腐らない死体だったとしても、私はきっと気づけないだろう。  1DKの寝室には遮光カーテンが掛かっている。 ベッドも「相手を起こしちゃ悪いから」という理由で分けた。 けれど毎朝、私はこうして彼のベッドに腰掛けながらメイクをする。 スタンドライトを点け、鼻歌を歌って、あわよくば起こしてやろうと考えながら。  部屋を出てスーツに身を包み、朝の用意を終える。 最後にもう一度寝室に忍び入り、柔らかな茶髪にふちどられた彫りの深い顔にキスをした。 「じゃ、行ってくるね」  眠り姫を祝福する王子様の気分だが、毎度呪いが解ける様子はない。 いつもの儀式を終え、今日も私は光の満ちた世界へと踏み出す。
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