11人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
『バーカ』。
リキッドアイライナーで、布団から出ている彼の右腕に殴り書いた。
メタリックなブラウンで書かれたヘナヘナの文字が、より一層バカっぽい。
平日の朝にも関わらずRが起きないのは、三交代の夕勤明けだからだ。
ようやく日勤かと思えば、今度は私の残業が入る。
やっと迎えた休日は、疲れたからと丸一日寝潰された。
同棲して家事をして、得られるのは寝顔ばかり。
「眠り姫かっつーの」
ここ最近、Rの動く姿を確認していない。
彼が奇跡的に腐らない死体だったとしても、私はきっと気づけないだろう。
1DKの寝室には遮光カーテンが掛かっている。
ベッドも「相手を起こしちゃ悪いから」という理由で分けた。
けれど毎朝、私はこうして彼のベッドに腰掛けながらメイクをする。
スタンドライトを点け、鼻歌を歌って、あわよくば起こしてやろうと考えながら。
部屋を出てスーツに身を包み、朝の用意を終える。
最後にもう一度寝室に忍び入り、柔らかな茶髪にふちどられた彫りの深い顔にキスをした。
「じゃ、行ってくるね」
眠り姫を祝福する王子様の気分だが、毎度呪いが解ける様子はない。
いつもの儀式を終え、今日も私は光の満ちた世界へと踏み出す。
最初のコメントを投稿しよう!