プロローグ

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 ねっとりとした暑さが肌に(まと)わり付くような夜だった。 息を切らしながらアーケード商店街に駆け入る。 でも、店先はもうどこのシャッターも下りていた。 幾つか白色の外灯や軒下の電灯は灯っているが、薄暗い通りは気味が悪いほど静かだ。 だから、荒い息と滑走するヒールの音がやけに大きく響いて聞こえるのだろうか。 双眸(そうぼう)に笹飾りのカラフルな短冊が映る。 『一緒に七夕祭りに行きましょう』 先週の金曜日、分厚い本に視線を置いたまま、そう誘ってきたのは〝友人〟だった。 彼の想いは知っていた。しかし、それに応じることはできなかった。〝友人〟のフリを続けてきたのはそのためだ。 それでもめげずに、彼は何か催し事があるたびに誘ってくれた。 『大丈夫です。この想いは一生変わりませんから』 そして、断るたびに冗談っぽくそう言いながら笑っていた。 でも、今度だけは……話をしたかった。 半日でも時間があればと思ったが、もうそんな猶予もなさそうだ。 脳裏に〝友人〟の顔が浮かぶ。 しかし、現在の彼ではない。初めて会ったときの、少年の面差しが残る彼だ。 あの時、彼は背伸びをしているように見えた。大人っぽいメタルフレームの眼鏡がそう印象付けたのだと思う。 一見アンバランスに見えたが、よく見ると計算され尽くしたベストなバランスだった。それで思った。彼は確信犯だと。 きっと、モテすぎるのを防止するためだったのだろう。 二割減イケメンにする彼のテクは、呆れるほど完璧で、してやられたと思ったら、思わず笑みが零れてしまった。
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