Ⅲ 偽物には本物の鉤爪を

3/4
26人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 変身は強制的にさせられるわけでも、また、特に難しいようなことでもねえ……自分の内に秘めているもんを解き放つ……ただ、それだけでいい……。  ちょっと筋肉に力を込めるようにすると、俺の四肢は太くなり、全身が灰色の毛で追われてゆく……鼻先は伸び、尖った耳まで裂けた口には鋭く大きな牙が生え揃う……。 「…人狼っ!? ……ま、まさか、あんた、本当にリュカ・ド・サンマルジュ……」  真の俺の姿を見て、呆然と立ち尽くす探偵が譫言のように呟く。 「おうともよ。てことで、あんまし長居もしてられねえ海賊稼業、とっととすませてお暇するぜ。ほら、獲物を狩るんだろう? 早く来いよ、このウスノロな偽物野郎」  俺は正直に短く答えると、やはり唖然とした顔の偽人狼を上から目線で挑発してやった。 「くっ…言わせておけば! このケダモノがあっ!」  その挑発にまんまと乗せられ、偽物は鋼鉄製の鉤爪を振り上げると、一直線に俺へ向かって突進して来る。  だが、遅え……遅すぎるぜ。俺は難なくそれをすり抜けると、その拍子にこちらも天然の(・・・)爪でやつの柔らかい腹を切り裂いてやった。 「ぐぅああっ…!」  一瞬の後、やつの裂かれた腹からは真っ赤な鮮血が吹き上げ、交錯した俺の背後で断末魔の叫び声をあげて床へ倒れ込む。 「ああ、もちろんケダモノ(・・・・)さ。なにせ人狼だからな……」  みるみる広がる血溜まりの中に倒れ伏し、今や虫の息の偽物に対して、礼儀正しい俺はそう返事をしてやった。 「ふぅ…お頭に頼まれて新刊の魔導書写本を闇本屋に卸しに来たはいいが……ったく余計な労働させられたぜ。こりゃ、てめえからも手間賃もらわねえと割にあわねえな」  成り行き上、思いがけずも偽人狼を始末した後、俺は人間の姿に戻りながら、真っ蒼い顔で突っ立っている探偵にそんな冗談を言ってみる。 「ひぃっ…お、俺を食ってもうまくないぞ! か、代わりになんでもやる! 金はねえが……そうだ! あんたのことは誰にも通報させない! てか、これまでの無礼は謝る! だ、だから、どうかそういうことで……」  だが、場を和ませようとしたその冗談も、今のこいつには通じなかったようだ。小刻みに震える瞳で俺を見つめながら、歯をガチガチ言わせて命乞いをしてくる。  しかも、俺を猛獣か何かのように誤解していやがる。誰が人間の肉なんざ食うかってんだ。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!