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びくびくして過ごしたものの、その日は終わり、学校に不動と通っていた。
「いやー、しっかし驚いた! あの矢吹さんが咲子ちゃんの前ではああも変わるとは! やりやしたね!」
何をどうやったのかわからないが、苦笑いをしておく。
「それより、新太、先輩は大丈夫? まだ腫れ引いてないし……謝ってもらってなかったけど」
まだ痛々しい顔を引きずっている不動は、可哀想だった。いくら矢吹とはいえ、わたしが原因でこうなっているのだから。
わたしの言葉に、不動は人懐こい笑みを浮かべた。
「大丈夫! 矢吹さんにはよくあることだから。それに、これは勲章みたいなもんだぜ」
「勲章?」
そんな大層なものだろうか。勝手に乗り込まれて一方的に殴られただけだろう、と感じる。
「だって! あの矢吹さんだから! これって、すげーことなんだよ! オレ含め、マジみんな尊敬してるからな~」
一生で一発は殴れたい! と熱望する舎弟もいるとか。
え、正気? 楽しそうに話す不動にバレないように、こっそりと首を傾げて呆れる。
舎弟って皆、こんなんばっかり。血の気が多いと言うか、すぐ目上を神格化する、みたいな。全く、分かり合える気がしない。
そんな熱い思いを聞き、途中でいつものように別れ、学校へ着いた。
ちひろとも合流し、授業をなどを通して、矢吹のことも忘れかけていた休み時間。
「おい! 見たかよ、まじやべー!」
クラスでも目立つ方の男子が大声で知らせるみたいに吠えた。
「不動新太、南高にいる噂のやべー赤髪ヤンキーに喧嘩売ってボコボコにされたらしいぜ! 今朝見た奴が言ってた! 顔面やばいらしい!」
わたしはその発言に目を見張る。そして、クラスにいた生徒は悪盛り上がりと言った具合にその話題が大きくなっていった。
「まじで!? あの噂本当だったんだ! てか、うちの高校が狙われたらどうするんだよ!」
「まじかよ、かっけー!」
「単身で突っ込んで返討ちって本当? 怖すぎ!」
「負けるとかダサ」
こんな具合に、十人十色感はあるが、批判というか、不満が多かった。
唯一、理由を知るわたしはいたたまれなくなる。
「じょ、冗談だよ。ねえ? ちひろ。盛って話しているだけ――――」
誰にでも良いから否定しておきたかった。そんな心情で話しかけたのだが、彼女の悲痛と怒りを含んでいる表情に、わたしは先の言葉を飲み込んだ。
「私、嫌いなのよ。ああいう野蛮で下品な人。虫唾が走るわ」
「や、野蛮……下品……?」
「そうでしょう? ああいう人は、勉強もせずにふらふらしているくせに、イベントが大好きで、大きい音も大好き」
ふつふつとした呟きから、徐々にその不満を口に出し始めたちひろ。
「全くもって理解できないもの! いくら私が学年トップでも、ちょっといつもより成績が上がっただけで英雄扱い。遅刻しなかっただけで馬鹿みたいに褒められる。アイツ等は何もしていないくせに、ちょっとしたことで評価され過ぎなのよ!」
「……そ、そうかな」
不動のことだろう。そう分かっているのに、自分にも言われている気分になり、胸がぐっと掴まれたみたいに苦しくなる。
「そうよ。努力して得た万年トップよりも、最下層から出発した奇跡のトップに人は靡くの。そんな人の心理を利用しているのよ、たいした行いもしていないのに! 屑よ、その不動って人も。喧嘩なんて! 馬鹿丸出しじゃない」
「……そ、そんなこと、ないと思う」
苦しい、悔しい。
「馬鹿は自分が馬鹿ってことに気が付いていないと言うわ。教えてやろうかしら。みっともないわ。今度は一体、何をしてくれるのかしらね。麻薬にでも手を出して、そのまま廃人――――」
「そんなこと……そんなこと、不動はしないよ!!」
耐えられなかった。
いくら友達でも、許せなかった。
今度はちひろが目を見張る。わたしの真剣で切羽詰まった声に、クラスの皆も静かになった気がするが、わたしは止まれなかった。
「ふ、不動のこと、何も知らないのに、そんなこと言わないで! それに、ま、麻薬なんて! 侮辱しないで!!」
きっと、怒り慣れていないわたしの顔は真っ赤だろう。
そんなわたしの姿に、ちひろは動揺を見せる。
「ど、どうして咲子が怒るのよ」
「……ちひろの言うこと、正論だし、理解できる。でも、それを不動に当てはめないで! 不動は、喧嘩なんかしていない! とっても優しくて、単純で……誰かと喧嘩したり争ったり、そんなこと軽率にしないから!」
「さ、咲子……貴女、どうしてそんなに」
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