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「――獣毛のブラシはね、ブラシの毛自体に油分が含まれているから静電気が起こりにくいんだ」
朝の止宿部屋――。
開け放たれた窓から潮の香りを乗せた優しい風が流れ込み、和やかな会話が取り交わされる。
朝の支度を終えたヒロは、鞄の中身が散らばったベッド上に胡坐をかいて座り込んでいる。そのベッド端にはビアンカが座り、まだ結い上げていない亜麻色の髪をヒロに梳いてもらっていた。
「髪の毛が広がりやすいのって、静電気のせいだったのかしら?」
「そうかも。ビアンカは髪が猫っ毛で柔らかいし、木櫛よりこういうヤツの方が良いと思うよ」
自身が使用している動物毛のブラシが如何に良いかを高説し、ヒロは猶々とビアンカの髪を整えている。
髪が素手の指先に触れるふわりとした柔らかな感触、ブラシを通した際に掌に伝わってくる感覚。梳いた際に鼻腔を擽る甘い香り――。
それらはヒロにとって、懐かしい存在を想い出すものだと思う。
もう百余年は前の出来事だ。あの時の幼い少女――、姫はきっと幸せな人生を送り、ヒトとしての天寿を全うしているだろう。死者の逝きつく場所だとされる“ニライ・カナイ”を無事にくぐり、もしかしたら生まれ変わって新たな人生を歩んでいるかも知れない。
姫とのいつかの再会。それをヒロは未だに信じ、心待ちにしている。
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