あ・そ・ぼ(3)霊だらけ

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あ・そ・ぼ(3)霊だらけ

 そこに着くと、僕と直は呻いた。 「見えないって、幸せだねえ」 「全くだな」  子供達が走り回っているほか、大人の姿もある。これが、ハンセン病の隔離施設だった頃の霊だろう。 「いるの?」  懲りずにエリカが訊く。 「いいか。絶対に直から離れるな。指示には何があっても従え。いいな」 「ラジャー!」  3人に可視化の札を渡し、車を降りる。  中に入って行くと、子供達がわらわらと集まって来た。 「あそぼ」 「新しい先生?」 「ねえ、遊ぼうよう」 「今何時かわかってるのか?子供は寝る時間だろ」  言うと、子供達は笑いながら、 「ええーっ」 とブーイングの声を上げた。  子供達は無邪気なもので、遊びに誘って来たりイタズラはするようだが、悪いものは感じない。  建物内に入る。  焼けた廊下や階段を、包帯を巻いた人がゆっくりと歩いている。大広間のテーブルに座る人もいて、ぶつぶつと何かを呟いていた。 「大人の人は怖いよ。お客さんを見付けたら追いかけて行くし、いつも不機嫌だし」  子供が小さな声で、僕達の陰に隠れながら言う。 「前にぼくらも追いかけられたんだ。お前らも恨め、遊んでいる場合かって」 「怖くて、それからは見つからないように気を付けてるんだ」 「ふうん」  エリカはカメラを回しながら、それを大人達に向けた。 「隔離されてた人ね」 「裁判で話題だから知っているだろうけど、失意と世を恨む気持ちと人を羨む気持ちで亡くなった人が、まだここにとどまっているんだねえ」 「伝染病なの?」 「らい病とも言われた病気で、極々弱い菌による感染症だ。免疫力の低下している場合に罹患する事があり、今は治療法も確立されていて、治療すれば治る病気だ。  でも昔は原因も治療法もわからなかったから、隔離する以外なかったんだな。  まずは皮膚に白斑や紅斑が現れ、神経が侵され、痛みや痒みがマヒしてケガにも気付きにくくなる。そのまま進行すれば、角膜が侵されたり、体が変形したり、四肢や鼻を失ったりもする。そうなると、激痛に苦しめられもする。  でももっと苦しいのは、世間の目だっただろうな。それと、絶望と恐怖。  病気がきちんと解明されるまでは、謂れの無い差別に苦しんだらしいからな。患者も家族も」 「そう。気の毒ですね……」 「ここでいつまでもその苦しみに縛られているのもばからしいよねえ」 「ああ。もう、いいだろう」  言っていると、その内の1人が、こちらに気付いた。      人だ。生きている人がいるぞ!      悔しい      ウラメシイ      ウラヤマシイ      オマエモ シネ! 「ヒエエッ!?」  エリカは叫びながらも、カメラを離さない。大したやつだ。 「3人共、結界の中から出ないようにねえ」  3人は直から離れないようにして、ゾロゾロと寄り集まって来る霊達を眺めている。 「見つかっちゃったじゃないかあ!」  子供達は、半泣きだ。霊のクセに霊を怖がるとは……。 「心配するな。ここを動くなよ」  憎しみや恨みに凝り固まった彼らは、どんどん集まって来た。 「もう、逝きましょう。楽になりませんか、苦しみから」      アアア……      イタイィ      カエリタイ  彼らは怨嗟の声を上げ、実体を得て行くと、どんどんとひとつに溶け合っていった。 「これ以上、苦しむ必要はない。解放されて、幸せを追う権利があるのに」      ニクイ コワイ カナシイ      タスケテ      モウラクニナリタイ 「逝きましょうか」  刀を出し、一歩を踏み出す。  それは身を捩り、怒りや恐怖や色んな感情を制御できないように拳を振り回す。 「お手伝いさせていただきます」  刀を深く突き立て、浄力を注ぎ込む。      オオオオオ……ああ……      痛みが      何だ、体が軽い      見ろ、光が……!  体が光り、さらさらとほどけて立ち昇って行く。  それを穏やかな目で眺めながら、彼らは消えて行った。 「逝ったねえ」  直が言い、誰かが、はああと、溜め息にも似た息を吐いた。 「悲しみ続ける必要なんてない。自由になれたんだ。次は、何にでもなれるさ」 「ああ。お疲れ様でした」  沢井さんが囁くように言った。  そこで、同じようにそれを見上げている子供達に向き直る。 「さて君達も逝こうか」  子供達は、キョトンとした目で見返して来た。 「ぼくたち?」 「そう。ここにいてもなあ。向こうに行って、ちゃんと遊べるようになった方がいいぞ」  子供達はヒソヒソと輪になって相談し、やがて、一番年長らしき子が言った。 「わかった。  でもその前に、1つだけお願いがあるんだ」  僕達は、続きを待った。
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