エピローグ

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「それじゃあふたりとも気ばつけなっせ」  美代が玄関先でにっこり微笑んだ。紺色の小さな包みを慎二へ渡す。 「これ、高菜飯んおにぎりやけん。落ち着いたら食べなっせ」 「ありがとう。ばーちゃん。新幹線の中で食うよ」  慎二が受け取り肩に背負ったバッグへ入れる。美代は愁をジッと見てペコリと頭を下げた。 「慎二ばよろしゅうお願いします」 「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」  愁も同様にきちんとお辞儀をする。もう照れたり誤魔化したりなんてしない。顔を上げ慎二を見る。そして、美代を真っ直ぐに見て微笑んだ。 「ありがとうございました。また来ますね。おばあちゃん」  美代は愁の手を握り、嬉しそうに言った。 「うんうん。ふたりとも大事な孫や」 ◇ ◇ ◇ 「はい」  新幹線の中、隣の慎二がおにぎりを取り出した。高菜の美味しそうな香りがする。 「美味しそう」  おにぎりを手に取り一口かじる。 「うん。これ、好きだな。また慎二に作ってもらわなきゃ」 「おう。いつでも作るよ」  慎二が人目を気にすることなく、愁の頭にコツンと頭をくっつけた。一瞬周囲を気にしてチラチラと辺りを見回す愁だったが、誰も見てはいない。こめかみに当たる慎二の重みと温もりが愛おしい。愁も甘える猫のように慎二に頭をスリスリと擦りつけた。 「あ、そうだ。事務所兼自宅としていい物件があったんだ。間取り見る?」 「うん」  慎二がウキウキした声でタブレットを愁へ向けた。間取りや雰囲気もいいし、2LDKで家賃が十万円を切っているのも素晴らしい。 「へぇ~、いいね」  慎二と目を合わせにっこり微笑む。写真の物件を見ながら新たな慎二との生活を思い描けば、愁も気持ちがウキウキしてくる。慎二との未来に不安など一つもない。画面上の物件の写真の中には幸せな二人の暮らしが見えるようだ。  早くも家具の配置などを話し合っていると、ふと美代のことが頭をよぎった。美代はずっと一人暮らしをしている。美代と一緒に過ごした間、美代は生き生きと日々を楽しみ生きていた。しかし美代は高齢であり、あんなにも孫の慎二を愛している。それも事実。  愁はタブレットを持つ慎二の手に己の手を重ね、慎二を見つめた。 「ねぇ、熊本でできないかな?」 「ん?」 「慎二の仕事。慎二が東京で頑張ってきたのに、すごく無茶なこと言ってるってわかってるんだけど……」  愁の言葉に慎二が微笑んだ。 「ありがとう。実は仕事が軌道に乗ったら、そうしたいって思ってるよ? 愁さえ良ければね?」 「そっか! うん。僕もそうしたい」 「二年、三年くらいはかかるかもしれないけど、美代ばあちゃんは大丈夫だよ」  やっぱり慎二もちゃんと考えていたんだね。 「うん」 「それに、美代ばあちゃんはひとりじゃないから」 「そうだね」  慎二の手を握り窓の外に流れる山並みを見る。  美代ばあちゃん。たーさん。子供達。温泉街の人。温かい人たちの笑顔が浮かぶ。僕らはまたここへ戻ってくる。初めて訪れた地だったけど、もうあそこは僕らの故郷だって思うから。 「自然界で暮らすたぬきの寿命って何年か知ってる?」 「え?」  突然の質問にキョトンとする愁へ慎二がニヤリと笑った。 「六年から八年なんだって」  愁は気にも留めていなかったが、見た目は子だぬきだった。どう考えても計算が合わない。愁が眉間にシワを寄せ、パッと慎二に視線を合わせた。 「……それって」 「きっとたーさんはもう、人間から見たら神様レベルの存在なんだろうね。そのたーさんがばーちゃんを守ってる。だからあんまり心配しなくていいと思うよ」  神様レベル……そうだね。たぬきみんなが人と話せるわけじゃない。たーさんは特別なたぬきなんだ。一人ぼっちの子供と友達になってくれる。  見守ってくれる神様か。 「また会いに行こう」  慎二の穏やかな声に、愁は微笑み返した。 「うん。絶対」  了
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