血族/Brad ver.〈Black message〉

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 伯父のルパートはブラッドをモルモット(実験動物)にしたがっていた。それはブラッドの理屈では説明できない能力(ちから)を実証させるため。根拠のない直感能力を偶然ではなく必然であると証明するためだ。  ブラッドは伯父の前で無意識にその直感能力を発揮していた。伯父が好きなチェスをルールを理解した途端、ブラッドは一度も負けることがなかった。作戦を練ったわけでも、天才なわけでもない。考えなくとも相手の手段が分かってしまうからだった。それは未来を予知するのに似ているかもしれないが、あくまでも寸前のことで遥か先のことは分からない。そして常に疑問符だ。実際に起きてからでなければ証明することはできない。人間とはそういうものだ。根拠のないことは信じない。  しかし伯父は例外だった。ブラッドの起こした快挙を才能がもたらしたとは考えず、“能力”と見込んだのである。そんなことが分かるとは、この伯父にも直感能力があるのではないかと思うかもしれないが伯父にはそんな能力などなかった。彼がそのように勘を働かせたのは、超能力など未知なる能力に非常に興味を持っているからだった。そのせいか彼はブラッドの快挙を未知なる能力に直結させた。そしてその兆候を発見した彼はブラッドの虜になっていた。幼い頃ブラッドは、何度その伯父にさらわれそうになったことか。  ブラッドは裕福な家庭で育った。父マドックは医者で、母ロビネッタは貴族の家柄だった。そのため幼い頃から執事とメイドがいる屋敷で、何不自由ない暮らしをしていた。彼は母の美貌と父の優秀な頭脳を受け継ぎ、才色兼備と言われていた。ココア色の髪に同系色の瞳。端整な顔立ちは気品があったがまだ、あどけなさの残る少年だ。その幸福な環境で暮らす彼らを、突然の不幸が襲ったのである。  その出来事が起きる一週間前、ブラッドは書斎で父にある話を聞かされた。 「ブラッド、今から大事なことを言う。いいか、冷静に聞くんだぞ?」  父の表情は緊迫に満ちており、何かに怯えているようだった。 「はい」  ブラッドは冷静さを保つ。それが善い知らせではないと“分かって”いても……事実を聞かなくてはならない。  父から事実が語られた。 「私は誰かに狙われている」 「……」  ブラッドは衝撃を“受け止めた”。曖昧な直感能力は内容までを知らせたわけではなく、あくまでも予感しかさせてくれなかったのだ。父は続けて言った。 「私にもしものことがあったら……この屋敷はお前に託す」 「僕に?」 「そうだ――お前にこの屋敷を仕切る権利を与える」  すると父は引きだしを開け、黒い封筒を取り出した。 「この手紙を大切に保管しておきなさい」  ブラッドはその封筒を受け取った。 「それを開封するタイミングがいつか――お前には分かるはずだ」 「……」  一週間後の夕刻だった。突然けたたましい音をたてて電話が鳴り出した。電話に出たメイドがロビネッタに告げる。 「警察から……奥様にお電話です」  電話に出たロビネッタの顔から血の気が曳いていく。震える彼女の口から零れたのは 「マドックが……通り魔に……」  彼女は崩れるように絨毯の上にしゃがみ込んだ。 「奥様!?」 「お母さん……?」  放心状態の彼女を側にいたメイドが支える。 「大丈夫?」  心配してブラッドも傍に行き声をかけた。するとロビネッタは気を取り直し、支えられながら立ち上がった。 「誰か車を出して」 「……今からお出かけですか?」  戸惑うメイドの様子に母は苛立ち 「そうよ。それとコートとバッグも持って来てちょうだい」と鋭い声で尻を叩く。 「はいっ!」  ぴしゃりと言われてメイドが慌てて駆けて行く。ロビネッタはさらに呼び掛けた。 「誰でもいいから早く車を!」  あたふたしながらコートとバッグを取りに行くメイドの様子を見た執事のジェフリーは、冷静に指示を出して車を所有している使用人に自分の車を出させた。この家には運転手が一人いたが、この時は主人の送迎に向かっていて留守だった。彼の携帯電話に連絡して戻って来るのを待てる心理状態になかったロビネッタはそれをしなかった。それから先程のメイドが戻って来るとロビネッタはバッグを取り上げ、コートは肩にかけたまま家を飛び出した。そして 「急いでストークス総合病院に向かって。早く!」  そう急き立て、使用人が運転する車で父親が搬送された病院へ向かった。  それから一時間ほど経過したころ、再び電話が鳴った。その電話に出た執事のジェフリーはブラッドにこう告げる。 「ご主人様が、先ほどお亡くなりになりました」 「!?……」  ブラッドは唖然とした。この時ジェフリーが何を思っていたのかは知らないが、彼が事務的に淡々と用件を述べたのが許せなかった。  顔色一つ変えず、平然と……この男は主人の死をこんなにも冷静に受け止められるのか。  こんな男は信頼できない! そう思ったブラッドは迷わず彼を解雇した。  この屋敷で二十年以上も前から勤めてきた男。表情がなく、笑った顔など見たこともない。 「お世話になりました」  その男の最後はあまりにもあっけなく、そして最後まで無表情だった。  父に不幸があってからというもの、クリザリング家の屋敷には二人の伯父が頻繁に訪れるようになっていた。 「ロビネッタ、辛かったね。私でよければ、いつでも呼んでくれ」  そう言って夫マドックの死で立ち直れない妻ロビネッタに慰めの声をかけ、仕事の休みになると必ずといっていいほど現れる。手土産を持ってきてご機嫌を取り、執拗に関わりを持とうとしてきた。  しかし、その目的は別のことにあった。伯父達の狙いは――ブラッドだったのだ。 「ブラッド。ゲームをしないか?」  父の兄で次男の伯父ルパートは未知なる能力を追い求める夢想家だ。ブラッドのチェスでの功績に続く、その能力の可能性を試す実験を始めていた。 「目をつぶって」  ルパートは一枚のコインを片手に隠す。 「さぁ、どっちにコインが入ってるか当ててごらん?」  彼は陽気に言った。興味深気にブラッドの様子を観察する。 「こっち」  ブラッドが選んだほうの掌を広げるとコインがあった。この他にルパートは、カードの柄を当てさせようとした。ブラッドは初めて見るカードの柄、文字がどんなものかを脳裏に浮かべる。左指で顎を摘み、右手を腰に回す。これが思考を探る時の彼の癖だった。するといくつかのパターンが浮かんだ。それは考えるほどに曖昧になっていく。  彼は考えることを中断した。そして答えるが 「違う」  ルパートは落胆の溜息を吐くだけだった。カードをめくると全く違う柄だった。 「お前はどうやら透視ができるわけではないようだな」  もう一人の伯父はリチャードといい、父の兄で長男だ。彼は刑事で、事件が起きると必ず屋敷に駆け付けた。 「ブラッド、犯人は誰だ?」  そう言ってブラッドに迫ってくる。 「それを見付けるのは、伯父さん達警察の仕事でしょ?」  ブラッドはうんざりしていた。彼の前でうっかりあんな言葉を漏らしたがため、こんな面倒なことに……  “犯人なら知ってるよ”   “あの人が犯人だよ”  つい口から出てしまった。あまりにもじれったくて。 指紋採取など現場検証をまるで一つの問題を解くように、黙々と作業を続ける警察を見ているとそう言わずにはいられなかったのだ。  ある時は別荘で起きた男性の変死体。犯人は『妻と息子』、方法は『タールを混入させたブランデー』、動機は『夫の酒乱と家庭内暴力』  またある時は友人がひったくりに遭いパスポートの入ったバッグを盗まれた時。指名手配犯の張り紙を見て「あのスーパーから出て来るのを見た」と知らせ、警察と同行すると全く別人の男性のことを「あれはさっきの犯人が “整形した姿” だ」と言い当てたり、この他にもあったがリチャードはそれらを隠そうとした。ブラッドはたんに勘がよく働くだけだとか、偶然だとか言い訳して手柄は全て現場に立ち会った警察関係者に渡し、難を逃れた。  出世に貪欲な彼にしては不自然な行動かもしれないが、彼はブラッドを独り占めしたかったのだ。そしてブラッドを利用して出世を夢見ていた。 「伯父さん、僕が犯人を当てたのは偶然です。僕にはそんな能力(ちから)なんてありません」  殺人事件は良心が痛み嘘を付くことができなかったが、それ以外の事件の犯人についてはわざと的はずれなことを言って当たらぬ不利をした。 「〜〜……」  そんな時、彼の言葉を真に受け自信たっぷりに職場で容疑者の名をあげたのに、まったく的はずれだったリチャードは納得のいかない表情をしたが 「お前のせいで恥をかいた!」  とブラッドを攻めたりはしなかった。やっぱり偶然だったのかと夢から覚めた気がしたからである。  しかし偶然というのは、重なるとそうではなくなってしまう。ブラッドが引き起こした度重なる“偶然”を目にしたリチャードは――ブラッドの“能力”の虜になっていた。 『根拠の無いことを人は信じない』  その一般的概念はこの伯父達には通用しないらしい。  ブラッドの能力は科学・医学・心理学などにおいて全く説明の付かない能力だ。それを能力と言うべきか、たんなる偶然と言うべきか、本人すら分かっていない。コインの入った手を当てたのは透視したわけではなく直感だ。カードの柄を当てられなかったのは考えてしまったからである。直感はあくまでも直感でしかなく、考えてしまうとその思考は途絶えてしまう。  ブラッドは十二歳になった。屋敷には新しい執事を雇い、彼はロンドン郊外を歩いていた。防犯カメラが建物や信号機、駅の中など町の到る所に取り付けられている。犯罪防止対策とはいえ他人を信頼できなくなった物騒な世の中への物悲しさが感じられる。ここでどれだけの犯罪が起きたのだろう。カメラは犯人を捕まえてはくれない。映像に映し出すだけだ。父は……  間に合わなかった。ブラッドはその父から渡されたあの黒い封筒をまだ開けてはいない。だが、その中にはこう記されているだろう――ブラッドはそれを感じていた。  考えるまでもなく、直感で。  見慣れたこのロンドンの街で“その答え”を見付けた。  同じ背丈    同じ髪色   “同じ顔の少年”  彼に近付いてはならないということを  “直感”した。  それは偶然ではなく  “必然”。  あの手紙に記されていたのは紛れもなく、その少年に近付くなという警告だ。決して近付いてはならないという父の切なる願い。ブラッドはすぐに引き返し、その少年から遠ざかった。  少年は左指で顎を摘み、右手を反対側の腰に回す。その目は確実にブラッドの後ろ姿を捉えていた。  同じ顔、  同じ髪色  同じ背丈   同じ――“癖”  それこそまさに体内を流れる同じ血の……        “血族の証”   ブラッドは黒い封筒を開封した。   『レッド・クリザリング   お前と同じ姿の人間が存在する。   その人間に決して近付いてはならない。   決して関わってはならない』 ――手紙にはそう記されていた。
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