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フラれたことが悲しいわけじゃないことに、私は遅れて気が付いた。
一か月以上会えないこともあって、でもそれは仕事だから仕方がないと割り切っていた。
ママからいつも、男の仕事に口出ししてはダメってきつく言われている。だから、社会人になった久須見さんが忙しくて会えなくても仕方がないと思っていた。
ただ、結婚できればいいってそれしか考えていなかった。
そのことに気が付いてから、久須見さんの別れ際の顔が浮かぶ――今更だけど、気が付いたんだ、本当に私は久須見さんが好きだったのだろうか?
もしかしたら、私より先にそのことに気がついていて、久須見さんは悲しい顔をしていたのかもしれない。
こんなことにすら、別れてからじゃないと気が付けないなんて、私はどうかしているのかもしれない。私は――どうしたら友香ちゃんみたいに、好きって気持ちがわかる日がくるんだろう。
でももう、一生ないのかもしれない。お見合いして、結婚するのだから……きっと。
目を伏せて、いつかの時のように揺蕩う黒い液体を眺めた。前回ここに来たときはまだ暑かったからホットに少し抵抗があったのに、今は温かな珈琲のぬくもりが心地いい。
それなのにどうしてだろう、美味しいはずの珈琲が、今日はおいしく感じられなかった。
***
「それではこちらの部屋でお待ちください」
ホテルマンに案内されてやってきたのは、孔雀の間とプレートの掛けられた豪奢な一室だった。場所を指定してきたのは相手方なので、この部屋に通されただけで、相手方の地位を感じる。
本当に私なんかでいいのだろうか――そう思ってしまう気持ちは、沸き起こりこそすれど、引いていく気配はない。
しかし私とは反対に、いよいよ熱意の高まったのは、ほかでもないママの方だった。
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