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第一話 魔王様は心配している
昔々。
人族と魔族はひたすらに争いを繰り返していました。
人族は魔族の住まう土地にある、豊かな鉱脈を欲して。
魔族は人族の住まう土地にある、肥沃な大地を欲して。
そうしてずっと争い続けていることに心を痛めた神様は、双方の王に和解を持ちかけました。
「人族の聡明で美しい乙女を、魔族の王に娶らせなさい」
神様の言うことは絶対でしたので、人族の王も魔族の王もそれに従うしかありませんでした。
これは、昔々のお話です。
「……昔々とは、また都合のいい言葉を持ってきたものだな」
魔王たる俺はそう言って独り言ちた。誰もそれに否やを唱えるものはいない。この世界は神によって管理されている。神の言うことは絶対だ。
「それで? 人族の王はなんと」
「自分の娘を差し出すと申しているそうです」
俺が一つ目鬼族特有の魔眼をぎょろりと巡らせると、隣に控えていた秘書官がそう告げた。なるほど。王としては悪くない選択だ。民を贄にすれば民から批判が起きる。
ざり、と毛むくじゃらの顎を撫でると、目を瞑ってその乙女のことを思う。
(可哀想にな)
人よりも数倍でかい図体の、しかも異形の中の異形である魔王に嫁がされる乙女を思う。しかし、俺とて自分の好みではない相手を娶らなければならないのだから、条件の不利は一緒か。大体、人間のどこがいいのかさっぱり分からん。壊れやすいということだけは知っているが。
「良いように計らえ。俺は拒絶せぬ」
「よろしいのですか? 陛下」
「それで和議が成って食料が少しでも手に入るのなら御の字だ。俺の民草がこれ以上飢えることがなくなるのが、俺ひとりの我慢でどうにかなるならその方がいい」
「……かしこまりました。そのように」
侍従が下がるのを眺めながら、提出された書類の束に目を通す。人族との和議が成ったとして、俺がやるべきことはまだまだ多い。ただでさえ戦で民も土地も疲弊しているのだ。
「……しかし、人族の姫、か」
魔眼の一つ目、歪な二つの角、金毛がさざめく体を持ち、一般的な人族よりは3倍ほど背丈もある巨躯。それが魔王たる俺の姿。生まれた時からこの姿であるから、別に何かと比べたりしたことはないし困ったこともない。俺のために誂えられた品々は俺に不便を感じさせない。
「さて、どんな方かな」
恐怖で泣きわめく女子供なら嫌というほど見てきた。まだ何の危害も加えていないのにだ。魔族中にすらそういう手合いがいるというのに、俺の相手などをしなくてはならないとは。
魔王は木の股から生まれる。
どういう仕組みなのかは知らないが、そう、決まっているのだ。だから、本当の意味での両親は俺にはいない。先代の魔王夫妻はとてもよくしてくれたが、それだけだ。
乳母はいた。その女のせいでどうしようもない呪いがかかっているが、それはまた別の話だ。
家族とは、どんなものなのだろうか。
「俺の民草の一人となるのだから、そう思えば何も変わらないかな」
誰に問うでもなく、そう口に出してみる。
果たしてその姫君は、自ら望んだのか、そうではないのか。
俺は目を瞑り、ただ思いをはせていた。
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