Episode15

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Episode15

『てか、お前、重いんだよ』  体重のことじゃねえよ、と茶化すように、昔付き合ってた奴が言った。そういうずるい言い方に、昔の自分はいちいち傷つけられてきた。 『何が悪かったか、って……だからそういうところなんだよなあ。いやお前は悪くないよ。何も悪くない。悪いのは全部俺だから』  悪くない。そういう言い方で責められ、挽回の余地も与えられなかった。  自分のスタイルを貫きとおしたら当然、相手との関係はうまくいかなかった。それじゃあ、と、相手に合わせる努力をしてみても、やっぱりうまくいかなかった。  愛されない、と思っている。  愛してほしい、とは、思うことすら恐ろしい。  愛する、とは、どういうことなんだろう。  たとえば空腹で死にそうなときパンが一個だけあったとして。それを全部、相手にあげるのが愛か。半分こするのが愛か。全部自分のものにしたら流石に愛ではないだろう。でも相手からしてみたら、逆にそれは愛になるのだろうか。こっちは愛を貰ったことになるのだろうか。そもそも愛を物量としてたとえるのが間違っているのだろうか。何かにたとえなくても、たいていのひとは当然のように理解できるものなのか。  ひとは一体どういうときに、ああ、愛している……と、愛されている……と、思うんだろう。  自分はどうして、愛されていない、ということに敏感なくせに、愛されている、ことに対するイメージが持てないのだろう。愛されてる、愛されていない。裏表反転させるだけでよさそうなものなのに。 「重……」  また、嫌な動悸で目が覚めた。胸の上に、投げ出された日向の腕があった。  こうなると分かっていながら、結局ベッドは同じままにし続けている。無駄にでかいベッドを買ってしまったせいで、今さらもうひとつ置くスペースがない、という事情もある。  まったく……どういう育ち方をしたらこんな行儀悪く……いや、無防備になれるんだ。  甘えきれるんだ。  腕を押し戻す。一秒、二秒……考え、樹も真似をして腕を広げてみることにした。日向の胸の上。一秒、二秒……ゆっくり、腕が沈みこんでいく。日向はまったく起きる気配がない。ぼす、ぼす、と何度か位置を変えてみる。調子に乗って、首の上まで。それでも、すぴーすぴーと寝息は規則的で乱れない。  悪戯心が覗いて、鼻をつまんでみる。口がゆっくりあいていくのが面白い。一旦放し、唇を挟んで強制的に口を閉じさせる。そうしてまた鼻をつまむと、またぽか……ん、と口をあける。こんなことがツボに入ってしまうなんて、どうかしている。でもそういえばこんなにまじまじ、日向の顔を見たことはなかった。  何度かやって、指がぬるついているのに気づいた。げっ。  日向の寝間着の襟に親指と人差し指をこすりつける。  ささやかな復讐だった。
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