注文の多い中華料理店

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「い、痛いっ!」 「実はうちの店ね、結構、この界隈では有名なのよ。裏メニューでね。これを食べに、今日は上得意様がいらっしゃるんでね。アンタにここを出て行かれるのは困るんだよ。」 「はあ?それと私がどう関係あるのよ!」 店主は、またさらに力を込めて私の手を握る。ヤバイ、これ以上逆らうと何をされるかわからない。 「世の中はね、グルメで溢れていてね。並大抵の味では、そういう人たちの舌を満足させることができないんだよね。グルメっていうのは、往々にして悪趣味でね。珍味を好むものなんだ。ほんと、注文が多くて、俺たち客商売は、それに対応しなくちゃならないんだよ。だから、裏メニューもだんだんとコアになって行ってさ。」 そう言う店主の目は爛々と不気味に輝き始めた。 「中国四千年の歴史は、凄いよね。四足のものは、机以外は何でも食べるってんだから。でも、日本のグルメだって負けちゃあいないよ。だって、今日のお客様のご注文は、四足ではほど足りない人達だからね。いやあ、俺も二足のものを料理するのは、初めてだからね。食材に逃げられちゃあ困るのよ。」  暴れる私を無理やりに店内に引きずり込むと店主は裏口にカギをかけた。その時、店の引き戸をガラガラと開けて、客と思われる男が暖簾をくぐった。やった、助かる。大声をあげて助けを求めようとした瞬間に店主に口を押さえられた。 「いらっしゃーい、お待ちしてましたよ。」 私は暖簾をくぐった男を見て、驚いた。その男は、太って薄ら禿げで温和そうな小さな目でこちらを見て笑った。私が騙して逃げた男、あの強面のヤクザをよこした男だった。 「まさか、今日の僕のご馳走が君だなんて。僕はなんてラッキーなんだろうね。」 男は舌なめずりをした。
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