注文の多い中華料理店

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 裸足で電車に揺られている私を、酒に酔ったサラリーマンと思しき男がじっと見つめている。視線は定まらず、ふらふらとこちらに近づいてくると、酒臭い息を吹きかけながら、裸足で電車に乗っている理由を問われた。構わず、無視し続けていると、執拗に絡んでくるので、仕方なく私は次の駅で降りた。最終電車から降りることを余儀なくされた私は、とりあえず朝まで時間を潰せる場所を探す。裸足の私は、どうみても不審者だ。私は警察の目に留まらないように、なるべく暗い道を選んだ。そして、路地裏へと足を進めた。そこはまるで、海外の闇市のように雑然とした場所だった。あてもなく私はフラフラとその商店街を歩く。  まさか、あの男にヤクザの知り合いが居るとは思わなかった。結婚相談所で紹介された、私よりはゆうに十は年上の薄ら禿げの太った男。温和そうな男で、この年まで独身であるのがわかるほど、女性に対しては奥手で不器用な男だった。  猫なで声でねだれば何でも買ってくれる男だった。どうやら、裕福な家庭のお坊ちゃまらしく、世間知らずで、騙すにはちょろい男だった。結婚資金という名目で預かったお金は、全て私の口座の中にある。あなたは、お仕事で忙しいでしょうから、式場の段取りやなにやらは全て私に任せてと言うと喜んで男は金を差し出したのだ。その金を受け取ってすぐに頓挫するつもりだった。
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